知将親子
芦屋はここのところずっと悪夢に魘されている。それも、今までも時折見た過去の記憶ではなく……間違いなく空想の、夢。
「しかもたちが悪い…」
その夢の中で芦屋は、おそらくPEPEと思われる場所の地下シェルターへ人々を避難させている。
そしていざ扉を閉めて「さぁ安全」と思ったところで……
血飛沫と一瞬の断末魔。
ものすごいスピードで何かがシェルター内を駆け、逃げてきた人々の首が……
せっかく、ここまで逃げてきて…俺がここに誘導して……そんなことを考えている間にそのなにかは芦屋の眼前まで迫り、そしてピタリ止まる。
「る……類?」
その人物は芦屋に名前を呼ばれるとにっこりと笑い、それから芦屋の首根っこを掴んで物凄い力で振り上げ、床に叩きつける。
夢はいつもここまでだ。
なにがたちが悪いって……目の前に立った殺人鬼は…芦屋類、芦屋聖の兄なのだ。
しかもその兄は四年前に死んでいる。
その兄がただ出てくるだけなら、「会いたい」という思いからかな?とも思える。
それがよりによって殺人鬼……
生前の兄は優しくしっかり者で、絵に描いたような"首席"気質だった。そんな、殺人鬼のような人間だったことなんてない。
一時期少し荒れてる時期もあったが、そんなのは誰しもが通る反抗期のようなものだろうし…いや、それも1ヶ月程度で収まったから、もしかしたら単にどこか体調が悪かったのかもしれない。
つまり芦屋にとってその夢が悪夢である理由は、その夢の内容そのもの、というよりは、兄をそんな風に夢で見てしまう自分自身に対する怒りやある種の恐怖があることだった。
「なんで今なんだよ……」
『聖、昼頃に校長室まで来い』
芦屋は端末を見てげんなりした。相手はPEPE東校校長、芦屋の父だ。
芦屋はここのところイライラしっぱなしだった。父はなにやらコソコソと1人で動いているし、母の容体は悪くなるばかり…ティトは何故か行方知らずの音信不通、伏は実家から戻ってこない。
アレイはトランプに行ってしまってからなんの足取りもなく、シヨンは怪我とその後の高熱でいまだにPEPE付属の病院から退院出来ていない。対トランプ戦からSクラスはどうもバラバラになりがちだ。
そして極め付けが、名影と真城。
ここのところ、二、三度夜に2人だけで抜け出している。抜け出す…とは言っても、Sクラスは基本的に自由が利くのでクラスメイトは2人が抜け出していることを知っていた。
「何か首席としての任務があるのかもしれないね。それで|ついでに真城を連れて行ってるのかも。」
残ったロブと恩は気を利かせてくれるが、それならそれで、なぜ次席の自分ではなく、真城なのかと別の不満が出てくる。
そんな器の小さい自分にも苛立つ。
芦屋は昼の休み時間に校長室へ向かう。
昼休み…とはいえ、今はPEPEも臨時休校中で、さらに実家へ帰っている者が多いために、校内はガランとしている。
芦屋はきっちり12歳からPEPEに通い、そしてゆくゆくはSOUPに入るのだと、勝手に思っていた。
ただ兄の死と名影との出会いが考えを変えさせた。もともと伏なんかは反トラストルノの気があったが、芦屋もそちらに徐々に傾倒していった。
SOUPに入らなくてもいいのではないか?
そんな思いが出るようになった。
一時期名影達と、そんな話題で盛り上がったこともある。思えば、それに気づいていながら、父親は何も言わなかった。
薄々感じてはいたが、あの人もまた反トラストルノの側にいるのではないか。何か理由があって、現在の職についているのではないか……
しかし、ここまでガランとしたPEPEは四年通ってはじめてで…どこか寂しく、そして……
恐ろしい。
絶対に何か良くないことが起こっているのだ。それは間違いない。しかし、それは一体誰に聞けばわかるのか…
校長か?名影か?舞人か?
それとも武装集団の連中でもとっ捕まえて聞けば分かるのか?
俺はどうすればいい?どちらを向いて歩けばいいのだろう?
芦屋はモヤモヤとした心を晴らす、答えとは言わずともヒントを求めていた。
だからだろうか、いつもならただただ憂鬱な気持ちしか起こらない、『校長室』の扉が…
今だけは、少し縋りたいような思いにさせる。
この向こう側にヒントはないだろうか…と。