ナイスタッグ
ティトはサイスに指示された通り、ゆっくり、極力気配を殺しながらシーツの途切れる電話の近くまで進んでいく。
恐怖がないと言えば嘘になるが、サイスがそっと添えてくれている手のひらの柔らかさが、恐怖を緩和してくれている。
こんな形で敵と共闘することになるとは思わなかったが、正直、サイスがいてくれることは心強かった。
1人では挫けてしまいそうで……
「電話の真下辺りのシーツをなんとか退かしていこう。」
「OK」
2人は背後の気持ちの悪い触手状の機械にも鋭く意識をやりながら、慎重にシーツを退かしていく。
ゆっくりと、しかし確実にシーツの山は、そこだけ減っていき、そして……
「見えたわ。これが…下の通路に通じてるのよね。出口は西側に通じてるっていうのは本当なのかしら…」
「なんだっていい。ここから出られるなら……それに西は知り合いがたくさんいる。助けを求められるかもしれない…」
ガタガタッ…ガガッ……
マンホール型の扉を開けた瞬間、やむを得ないが、音がなった。
先程から手が反応しないことから、熱センサーや振動センサーでないことは分かっている。もしそのどちらかなら、とっくに2人は八つ裂きだったろう。
となると考えられるのは"音"だ。
しかし、先程まで、手自体の駆動音のおかげで2人は小声で話すことが叶っていた。……しかし、今の音は……
「ね…ねぇ、静かになってない?」
「………大丈夫、まだ探ってる。いいから、早く降りろ。」
「お…オーケー……」
サイスは先にティトに降りるように促す。降りた先に何か脅威がある可能性も考えられたが、今はとにかく目の前の脅威だ。
「いいか、ゆっくり降りろ。で……もし、僕が"掴め‼︎"って言ったら、僕の足首を両手で掴んで、そのまま落ちろ。いいね?」
「えぇ、わかったわ。」
サイスは内心、ティトに感心していた。
今までにも何度か軍医の仕事などで、戦闘でトランプ以外の人間と行動を共にしたことがあったが……女はことごとく足手まといにしかならなかった。
緊迫した状況であるのに、何か指示をすれば「なぜ?」といちいち理由を求め、先に行くよう言えば「何かあったら…」だの「置いていけない」だの……
経験者の指示には黙って従え。
お前がいた方が良からぬ結果になるから行けと言ってるんだ。
お前が"置いて行く"んじゃなくて、兵士や軍医がお前を"厄介払い"したいんだよ。
なんてことを思いながら、諭すのはストレスでしかない。大体、なんだって訓練もろくに受けてないような女まで兵に取るのか。
訓練を受けた女兵は、そもそも自己判断で身を守る。
その場行き当たりバッタリ的にこちらについて来た女は、みながみな、まるで映画のヒロインでも気取りたいのか、というような行動をするのだ。
しかし、現実は甘くない。
映画のヒーローやヒロインと違って、現実では十中八九死ぬ。情熱的でスリラーな愛なんて紡いでる暇はないし、一分一秒が命取りの世界だ。
男でもたまにそれをわかっていない奴がいるが、それの大概は新人達で、彼等は一度で戦場の恐ろしさを知り態度を改める。
まぁ過去のアレコレはとにかくとして、だ。
ティトはまぁ立場が女兵に近いのもあってだろうが、焦燥こそ見れど、サイスにいちいち口答えもしなければ、理由も求めてこない。
ありがたい。
これは彼女の所属しているであろう外部組織のおかげか、それともPEPEの訓練の賜物か……
サイスも全身をその直径90㎝程度の中にスルリと入れ、そっと、慎重に蓋を閉める。
が……サイスの細腕には少々重量がありすぎた。まして片手で支えようなどとは無理があったのだ。
ガタンッッ‼︎
「……っ‼︎掴め‼︎」
サイスは叫ぶと同時にワイヤーの先端を梯子の最上に結びかけ、手を離す。
ティトもタイミングを合わせて足首を掴むと身体を梯子から離した。
当然ワイヤーのストップをかけない限り、2人はほぼ同じペースで落ちて行く。ティトの方が身体は軽いが、彼女は今武器を持っているため、サイスを軽く引っ張るような形になっている。
「銃を何挺か持ってるか?」
「持ってるわ‼︎」
ティトは質問の意図を汲み取ると、連撃できるタイプの中型銃をサイスのちょうど顔の辺りにくるように、器用に投げる。
「おっと‼︎…ナイス…」
落ちながらの、あまりに器用なパスワークに驚きながら、ワイヤーを持っているのとは逆の左手に銃を構える。上に向かって、使わずに済むようにと願いながら。
そもそもこんな狭い中では自由も効かない。
来るな……来るな……
ガタガガガガガッ……バーンッッ‼︎
残念なことに、迫り来る無数の手がサイスの視界に現れてしまった。