罪悪
気が動転している。
それが果たして、ジャックとテンをこの両手で救えなかったことに対してなのか……それとも、"リザ"という圧倒的な力を前にしたからなのか……
いや……トランプの枢軸を立て続けに失ったからかもしれない。
なんだかんだで、僕はトランプに居心地の良さを感じていたんだ。
ティトの渾身の力に放られ、とんでもない態勢のまま暗い穴の中へ転がり落ちていく。
「……っっ‼︎」
下まで落ちきったところで、大きな衝撃に耐えようと無意識に身構えた。……が、衝撃というにはあまりに優しく、ふわりと着地したようだ。
「……シーツ、に…枕?」
サイスはぽかんとして、それから……
「あ、電話」
旧式の電話の、受話器が外れているのが目に入る。
「ジャック…。」
ここに先ほどまでジャックとリザがいたはずだ、とか、そんな冷静な思考によってそこへ這って行ったわけではない。
ただただ、直感で、無意識に。
ツーーーッッ…ツーーーッッ……
そりゃあ時間も経って、繋がっているはずもなく…サイスは受話器を戻してあげる。
ジャックが最後に誰にかけたのか……知りたかったな。
そこでサイスははっとした。
ジャックも、テンも、このままにしてしまったら、2人がいたという証明になるものが何も無くなってしまう……‼︎
せめて、何か身につけている物でも‼︎
サイスはもう一度這って外に出れるスロープの方へ進む。
なかなか、登るのは骨が折れそうだが、リザが登ってきたのだ。僕にだって不可能ではないはず。
2人と間合いをとりつつ、穴の淵に手をかけ、足も入れ……そこまでした段階でリザが踵を返し、廊下の向こう側へ走り出した。
男もティトに改めて一瞥をくれると、リザについていなくなる。
しかし、いつ2人が戻ってくるとも限らないし、仮に2人は本当にいなくなったとしても、SKANDAの兵士はまだうじゃうじゃいる。
ティトは、テンの遺体に手を合わせることも出来ないまま穴の中に吸い込まれていった。
素早く下へ降りていくと、サイスの姿を探す。
と、こちらに向かってシーツの海を渡ってきている途中で、ティトを見て止まっていた。まさか……また上に戻ろうなんてかんがえているのではないだろうな?
「行きましょう。」
「お……」
「お?」
「弟たちも……連れて帰らなきゃ…」
ティトは自分の首が罪悪感によって強く握られるのを感じた。
もとい、自分のお節介が元でこんな事態に陥っているといって過言でない。
消え入りそうな声で、仲間2人を"弟"といったサイスの、彼も持っているのであろう罪の意識が、余計にティトを苦しめる。
「外で……会えるわ。あれは、私の仲間なの。」
「嘘をつくな」
サイスは生気のない目で睨みつけてくる。
が、今のティトにはもうこれ以上判断を誤るわけにはいかない理由があった。身勝手な理由だ。
これ以上のミスは、自分の心が潰れてしまいそうだから、外部組織からもPEPEからも刻一刻と居場所が失われていってしまいそうだから……なにより、早くこの現実から逃げてしまいたいから……
「貴方まで、戻らなかったらクイーンが悲しむわよ。」
女王を引き合いに出すのは卑怯だとわかっている。それでも……
「クイーンは僕が1人で戻ったところで……」
そこでサイスが言葉を切り、そしてティトを…いやその後ろ、先程落ちてきたシーツの投函口の方を凝視する。
「なに?」
「振り返るな‼︎」
「…っ⁉︎なによ」
サイスはティトの肩をぐっと掴むと後ろを凝視する。ティトはサイスのその瞳に映った情景を見て絶句した。
「なに…あれ…」
ティトは先程の現場では潰れたやつしか見ていない。故に、ぽっかりと空いた穴からスルスルと入り込んできた触手のようなそれに初期的な気味の悪さを感じたのだ。
しかしサイスの絶句はそんなものではなかった。このままではあの手か、もしくはなにかしらのセンサーに引っかかって、そうなれば本体が降りてくるだろう。
「いや…手に引きちぎられるのか……」
「えぇ?なんて?いまなんて言った⁉︎」
サイスはティトをじっと見つめる。
こいつのせいで、もしかしたらジャックはあいつらの手中に落ちたのかもしれない。
そもそもこいつは敵だ。
でも…いくらなにを言ったところで、結局サイス自身に最も非があるのは事実だ。
弟たちを全く守れなかった。
微塵も……
いま目の前にいる女性はPEPEの生徒だ。ということは一番年長であったとしても20歳ということになる。
自分より7つも下の子供。それについ先程自分を守ってくれた。
逃げれば良かったものを戻ってきたということは、ジャックを助けてくれようとしたのかもしれない。
それになにより……
「わかった……逃げよう。」
サイスがか細い声でそう言えば、ティトは心底ほっとしたように瞳を輝かせる。
しかし、油断は大敵。
なんとかしてここから出なければ。
逃げるにはいくつか選択肢があるが…
「あんたも、地図は頭に入っているか?」
「もちろん」
後ろ髪引かれる思いが無いわけではない…
しかし、サイスには元来守ることに対する思いが備わっている。守るという思いが人一倍強く、そしてその思いがサイス自身の力量を引き上げる。
クイーンはきっとそれに気がついていた。
しかし、本領発揮しきれずに、2人もの仲間を失った。
しかしいま、また守らなければならない存在が目の前にいる。立ち止まれない。
「今から、僕のいうとおりに動いてくれ」