記憶に眠って
リザは手を伸ばし、その頰に触れる
もちろんまだ暖かい……というより熱いくらいだ。さらりとした撫で心地、もちもちの肌、薄く淡桃色の唇、ふんわりとした眉に、虚空を写す大きな瞳、それを縁取る造作物のように整った睫毛……
まるで、もうすでに精巧な作り物にされたかと思うほどに美しく華やかな人。
でも、生の柔らかさが失われ、冷たさに支配されて初めてこの人の美しさは完成されるもののように感ぜる。
「誰に…電話、してたの?」
リザはもう切れてしまった受話器を元に戻す。
それからそっと、ジャックの目元に手を添えて、瞼を閉ざしてあげる。
この人の母親が誰か知ってる。父親が誰かも知っている。それから、仲のいい人も、悪い人も、この人が行ってきた数々の所業も知っている。
ユキにかかればそんな情報、容易く手に入る。
でも…………
「ジャックとはさ、年が近いこともあって、それなりに懇意にしていたんだよね…お客さんとしてだけじゃなくてさ。お土産の交換とかもしたし……
だから…引け目がないわけじゃない。
たとえ、ジャックは死ななくても、イディは間違いなく死んでしまう。彼はもう彼でない何かになるんだ。
クイーンに会わせる顔がないよ…
たまに思うんだよね。いくら情報が集まっても、人の心なんて分かんないし…いくら大衆の心理が掌握出来たって、個々を動かすことは出来ないし…
そう考えると、とてつもない無力感に襲われるんだ。
リザ……リザだけは、絶対にいなくならないで。嘘もつかないで。いいね?」
ユキは度々、情報がもたらす人の死について考え、苦悩していた。
だから今回の一件も止むを得ず引き受けたものの、リザにふとそんな弱音を吐いたりだとか、塞ぎ込みがちになったりしていたのだ。
無機物どころか姿形も持たない"情報"というものに人が翻弄され死んで行く。
自分も翻弄されている1人かもしれない。
ジャックの死に様を見て、リザにも、ユキの苦悩の一端は分かったような気がした。
さっきまで動いていたものが動かなくなる。
ということは分かる。
でも"死"そのものが見えるわけじゃない。それでは情報としては不十分だ。
数としての死、量産される死…
リザが今まで何百年の間に幾度も見てきたもの。
でも、ジャック……イディの死は、リザの中ではただの何百人のうちの1つではなく、"イディ"という個人として記憶されるだろう。
何故かは分からないがそんな確信があった。
「ごめんね。」
これから連れて行く先のこと、これからジャックに起こることを考えて、リザは先に謝ると、ジャックを手近な真っ白なシーツで包み、軽々と担ぎ上げる。
いくらジャックが痩身とはいえ、身長は小柄なリザよりはるかに高いし、骨皮しかないわけであるまいに、リザは本当に軽々と、まるで軽棉詰めのぬいぐるみでも担ぐようにして持ってしまうとは……
もう一度来た道を、今度はジャックを担いで登り戻る。
リザの肩には、その身に余る程の重荷がのしかかっているようにも見えた。