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トラストルノ  作者: なさぎしょう
痛快癖
252/296

看取る者


ジャックの居場所はさっき拷問部屋でつけたインキの発信で大体わかる。が、なかなか見つからない。


「おい、大丈夫なのか?」


うるさい男だな。


リザはぼんやりとそんなことを思いながら、壁を叩きつつ走る。


コンコンッ、コンコンッ、コンコンッ、コンカーン………カーンッ……


「明らかに、音、違う」


リザは音の違う場所を見つけると、壁をぐっと押したりしてみる。試しに少し広めに手をついて押すと、壁が上下に回転板のようにぐるりと回りそうになった。


「………っ‼︎」


「お、おい…なんだ?」


この壁の回転板は床よりは少し高い位置かは始まり、ちょうど成人男性の頭あたりの位置まで高さがある。

ただ床からではなく高さがあることから、おそらく人間が入る目的じゃない。

といってこの壁や壁の近くだけが特別に変わった汚れがあるわけでもない。ひっくり返りそうになった壁の裏面が特別汚れているわけでもなければ表が日に焼けてるわけでもないことから、今でも頻繁にこの扉は使われているのだろう……がなんのために?


「中、見てくる。」


「おう、頼んだ。俺は見張りをする。」


さすがは軍あがり(・・・・)の工作員。すばやく辺りに視線を走らせ銃器の他に煙幕弾などの準備もし終える。






リザはなんの躊躇いもなく壁の奥に出来た空洞に身体を滑り込ませると、一体どうやったのか

、音も無く壁の奥に嚥下されていった。


明かりが見えてきた辺りで、手足を器用に使って速度を落とすと、出入り口のところになんとかへばりつき、中を覗き込む。

どうやらここはシーツダクトかそういったものの類だったらしい。部屋中にこれでもかとシーツやら枕やらが積まれ床が見えない。

この下の方で機械が動作して綺麗にし、畳んで各部屋に運ばれるのではなかろうか?



「……たの……ふふ………ね…」


「……⁇」


リザは消え入りそうな声を確かに聞き取りシーツの山の奥に目を凝らす。

すると確かに波間に沈み込んで何事か囁く美青年が見えた。


それは、確かに間違いなく、先程逃したのと同じ"ジャック"その人で間違いないはずである。

しかし、先程とは全くの別人に見える。


真っ白な波間に揺られているのが…あるいは打ち寄せる黒い泡に抗えず濡れた瞳のせいか…


触れてはならない存在。


リザはゆっくり近づきはしたものの、ある程度の距離までくると、もうそれより近づくことは出来なくなった。

先程より囁きが鮮明に聞こえる。

どこかに電話しているのだろうか?

助けを呼ばれたら厄介だが、いまの彼を邪魔は出来ない…




「…………死にたくない」




リザはハッとした。

自分に無いものを、目の前の彼は持っていて、それでいてそれを……拒んでいる。

不思議な気分だった。



……死にたく無い、のか。

いま、私の寿命とジャックの寿命を変えられないだろうか?そうしたら私はすぐにでもユキのところへ戻り、甘んじて自らの死を受け入れよう。

その代わり、彼はこれ先ずーっと(・・・・)一人ぼっちになったとしても死なずに生きていくことになる。


電話の向こうは誰だろう。

彼の涙と悲痛を一体どうして受け止めているのだろう。


ユキに出会った時以来……久しぶりに人に興味が湧いた。



この人を、材料に使って…

バチが当たればいい。

結局何をしたって死ぬときは死ぬのに…滅びる時は滅びるし、救われる時にはどうあっても救われる。

何を頑張ったところで、そんなものは死と共に消えて行くだけの社会における価値の向上でしかなく。長くともわずか80年余りで終焉を迎えるものでしかないのに…


この人を殺すなんて罪深いことだな…


リザはただじっとジャックを見ていた。






ゆっくりかしいでいく四肢は、ふわりと波間に沈み、リザはそうなってから初めて触れられるところまで近づいた。









絶命とは恐ろしいことだ。

しかしその寸前は驚く程美しい。

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