表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トラストルノ  作者: なさぎしょう
愛憎劇
250/296

静寂


ジャックはジェスターに用件を告げ、それから一度電話を切ると、おそるおそるもうひとつの電話番号にかけてみる。

出ないだろうが、賭けだ。


………………………


呼び出し音が虚しい。


しばらくして、留守電に切り替わる。

ジャックは深呼吸をすると電話を痛いくらい耳に押し当てて、なるべく声がふるえずはっきり聞こえるよう心掛けて話し始める。






「もしもし……急に電話なんてして…ごめん。

それと、南地区(サウスヤード)での取引(ビジネス)も上手くいかなかったんだ……あのね、あの…


………こんなこと、急に話されても困るかもしれないんだけど……SKANDAのグプタはすごくもてなしてくれた。でも、その息子が…それとその友人達が……が、僕を…その……



いや、それより…言いたいことが、話したいことがいっぱいなんだ。

ははは…まとまんないなぁ…

あの、ね…あの、産んでくれて、ありがと…う。あと、育てて…くれて……僕、トランプのみ…んなのことも…大好き、なんだ。

サイスが……ね、助け…て…くれたん、だけど…なっかなか……グプタの…奥さんも手強い…よ。おっかない人だよ…」






そこでジャックはしばし声が出せなくなった。喉がつまる。顔の色んな筋肉がかたまっているような感じ…

そして突然、今度はその筋肉が途端弛緩して…ジャックの内側から、ありとあらゆる感情のないまぜになったものが溢れ出た。

不安、愛情、哀しみ、思慕、恐怖、恐怖、恐怖、恐怖………


もしここで死んだなら。

誰も気づいてくれない。

テンの運転する車に揺られることも、サイスに改めてお礼を言うことも、ジェスターの公演を観に行くことも、シンクとケイトに旧時代の書物について教わることも、母親(クイーン)に思いをぶつけて抱きしめることも……抱きしめてもらうことも………もう出来なくなる。

明日は来ない。


世界の破滅だ。






「ねぇ、僕ね……サイスのこと、女の子…だと思ってたんだぁー…。小さい…時ね、それで…キスしちゃった…ことがある、の。ふふふ…阿呆だよ、ね……。

ジェスターの…公演……一度し…か、見れなかった………今度……こんど…行きたい…な。

今……ね…ふとん…いっぱいの……ところに、いる…んだぁ……。


そう…だ、僕、ね…みんなで星……見に行きた…いな。全部…うまく……いったら……ね。」






ジャックはまるで電話から繋がらない(・・・・・)向こう側(・・・・)へ行こうとするように、ぐっと自分の頰に痕が残るほど電話を顔に押し当てて話す。


もう、必死だった。


誰かが、この向こうで電話を聞いてくれれば、助かるのではないか。今にもあの、優しく、包み込むような声が聞こえてくるのではないかと思える。

しかし、そう思う間にも身体の痺れは広がり、呼吸は浅くなる。言葉も所々支離滅裂で、話題だってバラけてきてることに自分でも気づいている。それでも話し続けなければいけない気がする。


視界も狭まり、目の前のわずかな空間しか見えない。周りはどんどん、暗く、黒く、見えなくなっていく。






「……死にたくない…なぁ……



寂しい…1人で死にたくない……嫌だ…

だってまだ、やりたい…こと…たくさん…

会いたい……抱きしめて欲しい……




…………母さん……」








ギュッと一度握り締められた受話器が、ジャックの頰から離れ、手からも滑り落ちた。


そのままジャックの身体も真っ白なシーツの中に抱かれていく………











沈み込むような、静寂。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ