侵入者 SideH
玄関を開けてすぐ目に入ったのは黒い球体だった。
咄嗟に爆発物の可能性も考え構えるが、その球体は全く動かない。ただ気味が悪いことには変わり無い。
…連中の罠?
そのまま部屋に戻ることも考えたが、このままここに置いて、自分だけがとっととこの場からいなくなることに抵抗があった。
もしこれがなんらかの爆発物や毒ガス発生の装置などだったら…?
Sクラスの面々の顔が脳裏によぎる。
仕方が無い。ですませるには、ナギにとって意外にもクラスメイト達は大切な存在になっていたらしい。
ナギは最新の注意をはらい、おそるおそる球体に手を伸ばした。
チクッ
「……っっ⁉︎」
しまった‼︎
球体全体になんらかしらの動きがあるものだとばかり思っていた。部分的に素早く動く物体とは考えなかった自分の落ち度だ。
球体からは細長い針金状のものが1本だけ伸びており、その先端が注射針のようになっている。
ナギは人より痛覚が鈍い、というよりほとんど無いので、刺された感覚はあってもそれによる痛みなどは感じない。
逆に言えば、刺されたものが劇薬なのかどうかもよく分からないのだ。
でも、まずい…動けない。
痺れ薬の類だったのだろうか、思わず片膝を床についてしまう。
と、その時わずかな殺気を背後から感じ、相手が誰であろうと構わず、振り向きざまにナイフを放った。
しかし、投げた先には何故かナギのリュックがあり、人の姿はない。
「静かに。」
あまりに音も無く背後に回られ驚く。咄嗟に応戦しようとするも、身体がいうことをきかず、あっさり腕をひねり取られ口元をふさがれる。
本格的に身体の力が抜けてきた。
「悪く思わないでちょうだい。大丈夫、原型オリジナルは私か…あなたのお友達がやっつけてくれるわ。」
悪く思うな?何を言っているんだ。
でもこの声…背後の人物もおそらく…私と同じだ。
でも、連中とは違う気がする。そもそも連中は私を生きて連れ戻しに来る筈だ。しかし、相手の手にはアイスピックのようなものが光っている。ということは…背後の人物が…原型?
「おやすみなさいもう1人の私」
武器の先端が迫ってくるのがスローモーションのように見える。肉を分け入って、一直線に心臓を目指しているのがわかる。わかるが痛みは襲ってこない。
こんなところで、死ぬ?
冗談じゃない。
まだ、死んでたまるか。
ヒュッ
ナギは渾身の力を振り絞ってナイフを袖口から引き出し、相手の方へ体重をかける。
そして今度は勢いよく前側に一歩を踏み出し、相手との間に隙間を作る。そして腕を振りほどくと、今度は振り返りざまに間合いを詰め、首元にナイフを引く。
空を切る音だけが響く。
しかしかなり間合いを詰められた。
次こそは届くはずだ。いまほど痛覚の異常をありがたく思った時はない。
ヒュンッ… パシッ‼︎
首の少し脇目掛けて突き出し、引こうとしたナイフが何かにピタリと挟まれ動かなくなる。
そしてそのままグンッと引き込まれ、床に転がってしまう。
それでも、もう無我夢中で立ち上がった。
その時、取り落とした先程の武器とは別に相手が手に持っていたものが目に入った。
……扇子?
信じられない思いでそちらに目をやってしまった、一瞬で今度は向こうが間合いを詰めてきた。
ナギの目にはキラリと光るもう1つの武器がしっかり見えていた。
それが確実に自分を捉えていることも。