実行4
サイスはロボットを倒し終えると、電波妨害の2ミリ四方の箱を正妻に見えないように扉のそばに滑り込ませる。
それから正妻を見据えると、恨めしそうに呟いた。
「あんたの弟があの日襲ったのはな……家族だ。それも両親と、妹と弟。唯一生き残った男の子が今までどんな思いで生きてきたかなんて興味もないんだろう? そりゃそうだよな。だってあんたらは安全なところにいて好き勝手言ってりゃ罪にも問われないんだから…‼︎」
「あ…あんたがあの…取り逃がした子供⁉︎」
「あぁそうだよ。あんたらが取り逃がした子供だ。」
正妻は言い方をミスした。と咄嗟に気づいたが、サイスはそれを聞き逃さず、首を横に振ると部屋を出ていく。
そして外側から鍵を破壊し、暗証番号の入力パッドも指紋認証の機械も破壊し、それから手持ちのワイヤーで扉の取っ手部分と壁の突起を括り付けて開かないようにしてしまう。
ジャックが逃げた事で、一斉にそちらの追いかけっこに人員が向いていたのが幸いだった。
いくらあんなロボットがいるからって、重役を外部の人間と2人きりにするなんて能無しにもほどがある。
それでも……殺さないでやっただけ有難く思って欲しいものだ。
地図は全て頭に入っている。
ジャックが来るであろう出口へ先回りして、援護しよう。急がなくては。
ジャックは予想をはるかに上回るスピードで終わりが近づいてきていることに戦々恐々としていた。一歩一歩があまりに重い。両足に誰かがしがみついているのではないかと思えてきてしまう。
パタパタパタパタパタッ……
彼方此方から聞こえる足音からなんとか逃げようと踠き、時には罠を張ってなんとか地図にある出口を目指す。
不思議と、これだけフラフラなのに、方向感覚や手段の思考は衰えていないようで、確かに出口へ近づいている感覚はあった。
なんだか……寒いな……
「はっ……はぁっ、はあっ……」
思わず立ち止まってしまう。身体は間違いなく普段より暑いはずなのに、自分の体感としては冷凍庫の中にでも詰め込まれたかのような感じで。伝う汗もまるで冷水のように感じられる。
「ふーっ………っ⁉︎」
一旦動悸だけでも落ち着かせようと、壁に体重を預け息を吐き出した瞬間……
物凄い勢いで身体が後ろに倒れこんで行った。
「っ⁉︎いたっ‼︎…な、なに⁉︎…っ‼︎」
転がる、というよりは上下逆さまに頭から滑り落ちた、といったほうがいいだろう。
最後には半ば放り出されるようにして身体が広い空間に出た。
ボフンッ……
「……ってぇ…なに…?」
周りを見回すと、白いシーツや枕の山。それぞれにアルファベットと数字がふってある。
「あ…これ客室の番号じゃ…ここの棟で洗ったりしてんのかな…」
ジャックはなんだか眠くなってくる。
条件反射か、それとも身体の限界を超えてしまったのか…どちらにしても、こんな所で寝てしまうなんて論外なこと。しかしここから出る術を考えるのも億劫はこと。
それら諸々の状況情報が、ジャックの気力をことごとく削ぎ落としていた。
「んー……ふぁぁぁ…ねむ…」
諦めて寝てしまえたら。
そして目が覚めたら全てが夢であったなら。
「はぁ…ははは…阿呆らしい。」
ジャックはもう一度頭を持ち上げ周りを見回す。薄暗いが、シーツの白さがわずかな光をも反射するからか、まとわりつくような嫌な暗さじゃない。
ただ1人である、という事実は痛いほど思い知らされる。
ふと、奥の壁に目を向けると……電話が目に入ってきた。唯一の希望だ。
ただ明らかに旧時代のもので今も使えるのかはわからない。
というか、エアスクリーンを使わない機種を持っている人で、そらで言える電話番号なんて2つしかない。そのどちらも通じなかったら終わりだ…。
0XX-OOO-XX
ジャックはシーツの山に埋もれた状態で受話器を耳に痛いほどくっつけて長い長い呼び鈴の音を聞いていた。
「……はい。」
でた‼︎
「もしもし?ジェスター?ジェスターだよな?」
「えぇ、そうよ。」
「よかった……悪い、テンに二言三言伝えて欲しいことがあるんだ。テンは旧式の電話は通じないからさ…」
「端末無いの?」
「あぁ…うん、色々あってね。ところで伝言頼まれてくれる?」
「いいわよ。ちょっと待って………OK」
「まず…………」
グプタの正妻----ジェリナは閉じ込められた部屋の中でしばらくの間はなんとか連絡をつけようとか、自力で部屋を出ようとかしていたが、どうにもならないと分かると、腹いせにロボットの残骸をあらん限りの力で蹴り飛ばし、それから床に乱雑に座る。
「………はぁ。」
ジェリナは絵に描いたようなお嬢様環境で育ってきた。兄弟は4人。
姉が1人に弟が2人。
ジェリナは姉といつも比較されては喜んでいた。
容姿も、学も、人付き合いも…なんでも姉より恵まれていた。2人いる弟とはよく遊んだ。歳が近い方の弟とは特別仲がよかった。
弟がSKANDAの兵士になって暫くした頃、血相変えて家に戻ってきたことがあった。
事情を聞いてすぐに、私は弟に身辺警護をつけさせ、さらには証拠の隠滅もはかった。
たかだか貧乏人二、三人のために、弟の評判を下げるわけにはいかない。
結婚も、顔がタイプだったわけではないけれど、自分に微塵も靡かないのに腹が立って、あの手この手をつくして手に入れた。
思ったより優しくて素敵な人だった。
子供も出来て、可愛かった。
あの女が現れるまで、私の人生は順風満帆以外の何物でもなかったのよ。あんな…あんな女さえあらわれなければ。
あの日は東西南北から様々な方がお招きされていた。豪勢かパーティー。
もちろん私は夫について皆さんに愛嬌を振りまき、素敵な妻であり母であるという事実を見せて回っていた。
でも……あの女…クイーンと呼ばれた女。あの女を初めて見た瞬間から、「勝てない」と思ってしまった。まさしくその名の通り、この場の女王は彼女で間違いなかった。
透き通るような肌に、美しい瞳と髪。知的な雰囲気と、遊び人の雰囲気のどちらも持ち合わせている。
夫が私の結婚に乗り気でなかったこと、夫には元々懇意にしている女性がいたこと……全部見て見ぬふりをしてきたことを、その女は目の前に突きつけてきた。
しかもさらに数年後にあった時には、その女そっくりな美少年まで連れていて……
「私は……悪くないわ。絶対捕まえてやる。」