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トラストルノ  作者: なさぎしょう
愛憎劇
248/296

実行3


ジャックにとって、こんなにもキッツイ戦闘は初めてだった。


まず、グプタのクソ息子のせいで全身が軋むような感覚があること。さらにそこに加えて先程の肩の傷の痛み。

いつも見たいにアドレナリンを出して、狂気にでも呑まれて仕舞えば楽なのだが、どうも先程の薬のせいか身体はフラつくのに意識だけは正常に、非常にクリアに働く。


「くそっ‼︎」


サイスが裏切ったわけではない…


あの少女と気味の悪い男が一緒にいた時点で、ジャックはそう直感していたが。となると今サイスは無事なのか?


「帰りたい……」


もうただひたすら、それだけを考えて進む。








情報屋の所のあの少女……いま思い出した。リザだ。前に一度ひょんな事で助けられたことがある。


東地区(イーストヤード)に取引をしに行った帰り、うっかりハンカチを落とした。別に特な思い出があるものでもない。

貰い物なのは確かだが誰からもらったのかもよく覚えていない程度のものだった。


しかし、たまたまそれを拾った少女が、ジャックを追いかけてきたのだ。

別に無くてもいいくらいに思っていたものだとしても、走って、ようやっとという風に追いついて渡してきたその子をみて、ジャックは屈んで受け取り「ありがとう」とにこやかに微笑まずにいられなかった。

その子はジャックの微笑を見てまん丸の瞳を輝かせ、頬を染めると、パタパタと人混みに消えた。


ここまでは良かった。


たまたま別の日に、今度はその子が男2人に追いかけられているのを見つけてしまったのだ。

東地区(イーストヤード)では人身売買が流行している。

あの男たちもそういった類の仕事をしているものかもしれない。

無視しても良かったのだが、どうしてもハンカチの件が忘れられず、先回りをすると、路地に入ってきた少女を引っ張り自分の外套の中に隠し、そのまま途中買ってきたタバコに火をつけて一服している風を装った。

実際はタバコなんてこの時、はじめて火をつけた。おかげで煙だけでむせそうになる。


「よし、行ったよ。大丈夫?」


「………うん。」


ジャックは少女に怪我がないか確認すると、改めて少女と目線を合わせ、話しかけた。


「お家はどっち?ご両親はいる?」


そう問うと、少女は途端に大粒の涙をボロボロ零して泣き始めた。それでも唇を噛んで声は押し殺している。その様がむしろ悲痛に写ってしまう。


「あ、あのね……ひっく…(マー)がね……私を…ぐすっ………あいつらに…渡そうとしたの………お金もらって………」


なんてことだ…。

母親には今こそ遠ざけられているとはいえ、幼少期は愛され育ったジャックは衝撃を受けた。

いくら金がないからと、自分のお腹を痛めて産んだ子を売るなんて………


「どうしよう………」


「大丈夫。お兄さんがなんとかしてあげる。でもとりあえず、あのこわーい男の人達からは逃げないとね‼︎」



「ほぉー、何から逃げるんだい、兄ちゃんよ。」


まずい。なんだか仕事終わりで気が緩んでいたのかもしれない。

すぐ近くまで、男2人が来ているのに気づかなかった………


男は旧日系か旧中華系が2人。体格はそこそこ、靴の減りようからかなり頻繁に商品探し(・・・・)をするような下っ端と見受けた。


「いやぁ、威嚇するしか能のないおっかない人達がいたんでね………ちょうどあんたたちみたいな。」


「んだとっ⁉︎」


「ぶっ殺してやる‼︎」


逆上した人間ほど動きが単調で扱いの楽な人間はいない。ジャックはすぐさま反応してまぁ二度と路地には入れなくなって、それから少女攫いなんて出来なくなるくらいのトラウマを植え付けてやろうと体制を作った。

………が



少女が恐怖のあまり、ジャックの外套の内側に入り込み、さらにはスーツにまでひしっと掴んでしまっている。

これではあまり大きな動きが出来ない。

しかし悔しいことに、少女を片手に抱いたままで戦えるほどの腕力は持ち合わせていない。どうしたものか……




ビュンッ‼︎

トスッ‼︎ヒュンッ‼︎



突然空からナイフが降って来て、男2人の鎖骨の辺りに落ちる。

それから今度は黒い塊……人が落ちて来て、男達に綺麗な蹴り技を連発しノックアウトしてしまった。

それからなんてことのないように、実に平然と2人の懐を探り、1つの財布をもって戻ろうとする。


「ちょっ、ちょっと待て待て‼︎」


黒フードの小柄な人物はこちらを向く。……そうして、顔が見えると、ジャックは驚いてしまった。


「ジェスター⁉︎」


「……?いや、違う。リザ。貴方達が、たまに来る、情報屋の、相棒。」


相棒、のところだけ少し自慢気にその子は教えてくれた。それにしてもそっくりすぎる。

が、確かに言われてみれば、雰囲気や話し方が全然違うようだ。


「ただ…その子とも知り合いだよ。ジェスター。」


「そ…そうか……ところで、その財布は…えっとユキのところにいるのにお金に困っているのかい?」


そう聞くと、リザは首をかしげる。それから何か思い当たったようで、首を振る。


「違う。これそもそもユキの。こいつらがスったから、取りに来た、ついでにこらしめに…」


ついでの割にすごい懲らしめようだな。


なるほどよく見てみれば、伸びている男2人には不釣り合いな皮財布だし、そもそもこんな男達は物々交換のトラストルノ的売買だけで事足りそうだ。


「そうだよね‼︎ごめんよ失礼なことを言って。後、ありがとう‼︎」


一応助けてもらった訳だし、と挨拶すると、リザはまたも首をかしげた。

本人は"助けた"つもりは無いらしい。


「うん?……どういたしまして?」


そういうと今度こそ、元来た道を辿って戻っていく。……ということはつまり、ひょいひょいと壁を登り上へ戻って(・・・・・)いった(・・・)ということなのだが……そのあまりの身軽さと身体能力の高さに、ジャックと少女はしばし呆然とリザの去っていった方を見ていた。








あの後結局少女をトランプの拠点まで連れて行き、見た目が助けてくれたリザに似ているせいかジェスターに馴染んだんだったよなぁ。

あの子元気かな……元気だといいな…


「まずいまずい…意識が霧散し始めてる…」


何がともあれ、相手は驚くほど身体能力の高いやつだから、気をつけなくてはならないのだ。と自分に改めて言い聞かせる。

ジャックには先程打たれた薬がなんであるか薄々わかっていた。

最近、(ノース)のカンパニーКиров(キーロフ)が開発したという拷問用の薬だろう。

その薬の最後は、"死"だ。




「嫌になるな……まだ死にたくない…」




トラストルノには正確な時間の区分がないから定かではないが、ジャックはまだ二十代前半のはずだ。


まだ行きたい場所、会いたい人、やりたい事が山程ある。




「誰か…助けてくれよ……」



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