実行2
ダメだ。作戦失敗、警報は鳴らず、ジャックは自力で部屋を抜け出した。
しかし、なぜあそこに情報屋の女の子-----リザがいる?
こんな災害だ戦争だと厄介なご時世にも情報屋2人組は商売しているのだろうか?そもそも被災はしなかったのか。どちらにしても、リザがいるのは非常にまずい、厄介すぎる。
「なんなの‼︎あいつ…いつあんなもの仕込んでたのよ‼︎」
グプタの正妻は取り乱す。
「あんた…なんか渡したんじゃないでしょうね⁉︎」
ご名答。
しかし、サイスは甲高い声で喚く正妻を気遣うように首を傾げ、得意の道化で甘く囁く。
「そんなことおっしゃらないでください。絶対にありえませんよ……でしょう?」
と言ってみせる。
案の定正妻は
「えぇそうね、ごめんなさい。取り乱したわ。」
と言い、それから棟内放送用のマイクに走り寄り、その甲高い死にかけの烏のような声を拷問部屋のある棟全体に響かせた。
『セム棟内にいるものに告ぐ‼︎逃走者あり。特徴は…………』
本気でこの女はジャックを殺すつもりだ…
『………いいこと?絶対にとっ捕まえなさい‼︎息子の居場所を聞き出すのと、それからそいつの仲間の居場所も聞き出さなくちゃならないんですからね‼︎』
この女はクイーンすらも見つけ出すつもりか?
……応戦するか。
ここまで来て無駄足なんて冗談じゃない。一体なぜティズの警報音は鳴らなかったのか、SKANDAにすら 対抗できる勢力とはどこか……
……SOUPか?
それなら情報屋2人組があの妙な男に加担しているのも頷ける。SOUPならば安全な場所か金か、何かは分からないが大概のものは用意することが可能だろう。
でないとしたら…外部のもの、という可能性もあるな。
「ねぇ?あなたはどう思われますこと?」
サイスがひっそり部屋から退散させてもらおうかと画策していると、正妻が声をかける。
「え?なにがです?」
「あの青年を、私の息子が…その……レイプするだなんて……」
いや、むしろどんな犯罪も自分のためなら揉み消してしまえるあんたの息子だから、という方が正しいのでは?
「だいたい証拠がないじゃない‼︎嘘をついているのかもしれない……もしかしたら‼︎そもそも向こうが誘ったり…無理矢理やったのかもしれな…っ…」
ガツンッ…………‼︎
サイスは感情を露わにしてはいけないことくらい知っていた。そんなのは常識だ。
それでも、側にあるものを殴るでもしなければ、目の前の女の首を絞め上げてしまいそうな衝動に抗えなかった。
嘘?誘った?
「驚いたわ……どうなさったの?」
「いえ、ただもしかして、同じようなことを息子さんが産まれる前後辺りにも仰っていたのではないかと思いまして。たとえば、弟を庇うためとか…?」
「⁉︎……な、なんですって?」
明らかに狼狽えている。
やはりあの噂は本当だったんだ。
「ジャックは……」
「なに?なにか仰りました?」
「ジャックはロシア女の居場所は知らないし、仲間だって、いまはみんなバラバラに行動しすぎていて彼には分からないだろうし、あんたの息子と、それから弟は残念ながらレイプ魔だ。」
「あなた…やっぱりあいつに何か渡したのね⁉︎本当は、あいつらの仲間なのね⁉︎裏切り者⁉︎……誰か‼︎誰か‼︎」
サイスが驚いてしまうほど、正妻の取り乱しようは凄まじかった。逆にサイスはそこで落ち着きを取り戻す。
「残念ですが、僕はお役に立てないらしい。この辺で失礼しますよ。」
「させないわ‼︎」
正妻のヒステリックな叫びと同時に歪な形のロボのようなものが扉を突き破って入ってきた。
SKANDAもさすがは一大カンパニー、当然最新の警備ロボも入れている、というわけだ。
にしても見た目の趣味が悪い。外観だけ見れば雲丹のように見えるが、そのトゲの1つ1つに人間の手のような物が付いているのだ。
「アレを捕まえて‼︎」
一気に"アレ"に降格か…
サイスは内心楽しげに、外面はしまったという風に装う。
サイス自身はトランプでもあまり戦闘班に加わる事がない。が、それでは身体が鈍ってしまうから鍛える。するとどうしても実戦で使ってみたくなってしまうのだ。
キィッッーーーーキキッーー‼︎
動物の甲高い断末魔のような、嫌な音を立てながら転がり突進してくるロボットのトゲの一本を器用に掴むと、そのまま跳躍しロボットの真上で空中前転をする。
それから置いてあったキャスター式のイスを思い切りロボットの方へ蹴ると、ロボットがどのようにして敵を殺すのかを見定める。
メキャッ……ガチャンッ‼︎
バキバキバキバキッッ‼︎
いや…まぁそうだろうとは思っていたさ。
サイスは予想を裏切らないロボットの動きにうんざりしつつも対策をすぐさま練る。
ロボットは転がる勢いのまま相手の脚----イスならキャスター----を破壊し、上部分をその気持ちの悪い手のような物で容赦無く引きちぎるような動作をする。
こんなものを平然と人間相手に使う奴の神経が知れないな…どこもカンパニーの連中はイカレたやつばっかりか?
サウスは天井めがけて懐のナイフを投げる。
このセム棟は旧時代からある建物を簡易改修して使っている。そのため、ありとあらゆるところにその名残がある。
その1つが、"スプリンクラー付火災報知器"だ。
現在のトラストルノでは火災報知器の役割なんて建物中のロボへ信号を送るくらいのもんだ。
そうすれば、他のロボのおかげで数秒で鎮火する。
しかしサイスはこの建物の古さも、そして残された旧時代の遺物がどんなものかも把握していた。
スプリンクラーからは水が雨のように降り、ロボットは突然眼球を奪われた蜘蛛のようにせわしなく身体を揺すり、身悶えをする。
いや、実際このロボットは視界を奪われたのだ。
「熱センサーは使う場所を考えた方がいい…ぜっ‼︎」
ガゴンッ‼︎メコッ‼︎バキッ‼︎
使えるものはなんでも使う。
消化器を持つと、サイスは軽快な足取りでもってそれを振り回しロボから生えている気持ちの悪い手足を叩き折る。
このままここで倒れる訳にはいかない。
なんとかしてジャックを外へ出す。
僕も完璧に逃げる。
くだらないことだが、そうすればこの女に……いや南地区に?SKANDAに?
勝てるような気がする。
もっと言えば、このトラストルノ体制そのものに対する…
「小さな小さな、でも尊い勝利だ。」