干渉4
サイスは何を思ったのか、いきなりジャックの首を片手で持ち上げ、顔をズイッと近づけてくる。
「いいか、チャンスは一度きりだ。うまくやれ。」
「な……なにっ…?」
サイスは細身の体躯の割に力がある。
そのせいで予想以上に首が締め上げられて苦しい。これじゃ全然ぬるくなんてない。
「…………⁇」
と、ジャックは首元…正確には鎖骨のあたりから服の中に何かが滑りこまされたのを感じる。
さらに両手の腕と服の隙間にも1つずつ何かを滑り込ませ、サイスは身体を離すと、嫌味たっぷりな表情を見せた。
しかし、口をついて出て来た言葉は表情とは不一致な言葉。
「いいか、俺が現在指揮をとっているグプタの正妻の気をひく。そうしたらお前は警報を待て。ティズを含めて、何人かに協力をしてもらっているから、上手くやれば逃げられるはずだ。警報がなったら、その袖の中のもん使ってこの部屋から出ろ。そんで、その腹の中の地図で出口を目指せ。」
服の中に突っ込まれた物の正体は地図か…‼︎
「僕を信用するかどうかはお前次第だ。」
俺次第?そんなわけ無いだろう。どうやったって、俺はいまサイスの案に乗っかって行動するより他に方法がない。
たとえそれが、盛大な嫌がらせだとしてもだ。
「健闘を祈る。が、ここから出た暁には背中に気をつけろ。いつでも僕や…他にも沢山の殺意がお前を狙っているからな。」
「………っ、あぁ。」
サイスは頭に手を当て首を振る。わざとらしくお手上げというそぶりを見せて、自分は正妻と話をしにいくのだろう。
サイスの驚くほどの器用さと、演技力にジャックは思わず感嘆の声を上げそうになる。しかし、それを抑えると、聞こえるか聞こえないかくらいの小声でぼそりと去っていくサイスの背に呟いた。
「ありがとう………兄さん……」
聞こえたのかはわからなかった。
サイスは相変わらず「お手上げ」の表情を崩さなかったし、返事もしなかった。歩くペースも落とさずにそのまま部屋を出ていく。
入れ替わりで4人の屈強な男達が入って来た。
グプタの息子とつるんでいた連中とは全然違う。恐らく正妻の御付だ。
「貴方でも無理ですのね?」
「なかなか手強いですね。」
「そう…とにかく、彼をとっちめてやらなくっちゃ‼︎」
正気じゃないな。
サイスは正妻を見てそう思わずにはいられなかった。
さりげなく、監視モニターを正妻が見えないような位置に立つと、ティズに合図を送る。モールス信号は廃れた旧時代の産物の1つだが、逆に廃れてしまったと思われたものにこそ価値はある。
トランプにいて、別段特に親しい者はいなくとも、どこか居心地が良かったのは、皆が旧時代の文化や芸術にある程度理解があり、そして重んじる傾向があったからかもしれない。
グプタがなぜこんな人を正妻に選んだのか……いや、選ばざるを得なかったのか。サイスは知っている。
グプタには同情もある。
正妻にとって、ジャックは、自分の夫の愛人…それも間違いなく自分より愛されていた女…の息子で憎いのかもしれないが、
……貴女がそんなことで、他人を恨むのは御門違いだ。
サイスは警報の音を、正妻の様子を伺いながら待った。
ジャックは4人の男達をぐるりと見回す。
もし、全身の痛みが無ければ、正常な状態でも余裕で4人まとめて捻り倒していただろう。
ただ、今は正直全身が痛いし怠いしで本領発揮とは相成りそうにない。
となれば、いつものやり方で……
ジャックは意識を落とし込んでいく。
「っ……ふふふ……」
スイッチが入った瞬間、思わず盛大に笑い出すところだった。ただニコニコとしてしまわぬよう。顔を伏せる。
「यही कारण है कि इस आदमी साफ है」
とつぜん、男達が何か話し始めた。
ジャックには残念ながら彼らの言葉が分からない。ただ、互いに"何か"を押し付けあっているように見えた。
「आप इसे किया है」
警報はまだだろうか……
チクっ……シュッーー……
……‼︎…⁉︎なんだ⁉︎
ジャックは首元に鋭い痛みと同時に何かを流し込まれるような感覚を覚え身悶えする。
せっかく潜りかけていた正常な意識までもが出てきてしまう。
もう薬の類はまっぴらごめんなのに…どうにも嫌な薬に好かれるらしい。
身体がビリビリと小さく痺れはじめている。なるだけ早く、警報が鳴ってほしい…
ティズの指が思い切りよく作動装置を押してくれることを、みなが望んだ。