干渉≪思い出≫2
あの時見てしまった、父の露わになった白い肌と、所々についた赤や青の傷…そして虚空を見つめたままの瞳と、酷く歪んだ表情。
本当に、あいつらは…獣だったんだ…
いや、化け物か……
「腕の拘束を取ってあげてちょうだい。」
黒人の男の人の手が離れ、さっきの白人の綺麗な女の人が僕の前に来た。
黒人の男は、優しく労わるように父の拘束を外し、床に横たえると、自分の上着を掛ける。
もう1人の男は悶える兵士達をワイヤーのようなもので一纏めにしたうえで、なにやら問いただしていた。
「あのね…聞き辛いんだけど、あそこに…その…いらっしゃったのはお兄さん?」
優しく、緊張を溶かすような柔声。
「ううん……おとうさん……」
そう言うと、女の人は目を丸くする。
「えっ?じゃあ、その…あそこに倒れている女の人は…お母さん?」
「うん………」
母は妹だったものを抱いて絶命していた。
2人のことも、黒人の人は優しく丁重に、父の横に横たえ、そして奥に行くと、シーツを持って来て2人にもかける。
「4人家族?」
女の人の問いかけにハッとなる。
そういえば弟がいない……とにかくなにがなにやら必死で弟の姿を探せなかった。
「お……弟が……いるはず…」
3歳の賢い弟が…いるはずなのだ。
「ククク……あの馬鹿なガキのことか?」
「え……?」
捕まった兵士のうち、南地区のカンパニーSKANDAの腕章をつけたギョロ目の男が心底可笑しそうに僕に言い放つ。
その瞬間、僕は不安に押しつぶされそうになる。
1番仲良しで、いつもヨタヨタしながらも、僕と手伝いをしようと一生懸命だった弟。今だって、弟の笑顔は鮮明に思い出せる。
「あのガキ、俺らに"ワルモノ‼︎"なんで叫びやがって…そんで脅したら隠れたんだよ。どこにだとおもう?」
そんなのわかんない……絵本とかなら柱時計の中とかだけど…うちにそんなものは無い。
「ふはっ、あはははは……冷蔵庫ん中、見てみ?勝手に隠れやがったからさぁ、閉めてやったんだよ。臓器が新鮮なまま売れるしな‼︎‼︎」
男はどうやら酔っているらしい。お酒を呑んだのもそいつか…
なにが楽しいのやら、ヘラヘラしている。
僕は女の人の制止も振り切って、冷蔵庫に駆け寄った。
だめだダメだだめだダメだだめだダメだだめだダメだダメだだめだダメだだめだ……
弟まで死んでしまうなんて耐えられない。
弟が生きていてくれさえすれば…もうそれ以外の悪夢は頭の片隅に追いやろう…そう思えるくらい大事な存在。
冷蔵庫の扉はテープで外側から閉じられていた。
無我夢中で剥がす。そして冷蔵庫を開いた。
ごトッ……
発狂するかと思えた。が、実際は発狂するよりも先に視界がブレてあついものが目に溢れて、気持ちの悪い何かが内臓を鷲掴みにして……そうして視界が暗転していた。
その後のことは、知らない。
気がついたら、フカフカのベッドの上にいて、服も何もかも新しいものに取り替えられていた。
後になって女の人------女王に聞いたところによると、気絶した僕を運んだのは、黒人の男-----トレイで、兵士達はもう1人の男------エースが他の場所へ連れていったキリ、姿は見ていないらしい。
家族は…丁寧に拭いて、衣服も整えて棺に入れられていた。それらもトレイがやってくれたらしい。
トレイは人殺しや戦闘を好まないし、命を普通の人以上に重んじている節がある。だから、棺の中の4人はすごく綺麗で眠っているようだったし、そこからは一種静かで優美な死が感じられた。
尊厳を持たせてくれたんだ……
家族が欲しい……
その時、漠然とだが、そんな思いが脳内を駆け巡っていた。
「ねぇ、貴方に提案、があるの。」
沈む気分を持ち上げることが出来ずに一月を過ごした頃、クイーンが僕に言った。
「あのね……私には貴方と同じくらいの息子がいるの。よかったら、ね、私達と家族になりましょう。」
「家族……?」
嬉しかった。すごく。
でも、結果はダメだった。
その息子が、明らかに僕を避けるようになった。本当の弟なら…家族なら…こんなことにならなかったはずだ……
虚しくなってくる。
相変わらず夢ではあの日のことばかり繰り返されるし、結局家族は作れなかったし。
だから、気を紛らわせる意味も込めてクイーンに言われた仕事は業種を問わず、なんでもやったし、大概はなんでもうまくやれた。
最もそうなるように、必死で努力した甲斐があった、という話だが…だから髪なんかもクイーンに指摘されるまで伸ばしっぱなしで、適当に結んでやり過ごしてた。容姿に気をやっている時間も惜しかった。
自分の意味が欲しい。
クイーンの息子のことは、いまだって許せない…というよりも羨ましい。母親のそばに居られて、誰からも必要とされて……だから助ける義理なんてこれっぽっちもないんだ。
だけど………
クイーンへの恩返しと、それから
「またSKANDAの連中に仲間や家族を取られてたまるか」
という根性。
結果は一歩遅かった…が、まだ命がある。今度は助けられる。
南地区の人間がみんな悪いやつばかりじゃないのは知ってる。だからこそ協力者を作ってここまで来れた。
妙なロシア女のせいでジャックが傷つけられたのはトラウマなんてもんじゃないが、ジャックのことは別にそこまで……大切じゃないし……
でも今度こそ、弟を助けるんだ。
わぁ……可愛い子。
母親が初めて紹介してくれた同い年くらいの女の子。目はくりっとしていて、その大きな瞳の周りを長く綺麗な睫毛が囲んでいる。
それからフワフワの肩まである茶髪が、白くふわりとした顔を包んでいた。少し寂しげな表情も相まって、思わず見惚れてしまった。
だから母親がなんと言ったのかさっぱり聞いていなかった。
だから思わずカッコつけた挨拶なんてしてしまったのだ。
でももう、その一件以来顔を合わせるのも小っ恥ずかしくなってしまい、ちゃんと話しをすることもなく、気づけば少女はいなくなってしまっていた。
その後になって、少女に雰囲気の似た女性を見るようになった。顔はよく見えなかったが、横顔からわかる大きな目と長い睫毛、ふわふわの茶髪は乱雑に纏め上げていて、それが色っぽく見える。
その人は、いつもみんなの間に立っていた。
同い年くらいのはずなのに…10代とは思えないくらいしっかりしていて、努力家。
憧れていた。小さい頃の恋慕とは違って、今度のは憧れだった。
しかしその人も気づいたらいなくなって、サイスのポストには今のサイスがいた。
………でも、そうか…確かに大きな瞳と長い睫毛、ふわふわの茶髪…そのまんまだ。
サイスが髪を切ったのであろう辺りに、クイーンから避けられるきっかけのあの事件が起きた。
そうなればクイーンからの連絡はサイスを通じて聞かされる。
結果、その最初の接触でのサイスの印象が最悪だったばかりに、自分の中で少女と女性とサイスがイコールにならなかったんだ…。
美人なんて思ってたとは、絶対に本人には言えない。でも、努力家だと思って憧れてたのは伝えてもいいだろうか?
それと、なぜそんなに当たりが強いのか。
仲良くしたい……とも正直に言おうか。
なにがともあれ、助かってはじめて次だ。
俺も、そしてサイスも、クイーンも、テンも、みんなみんな、無事でいられますように……