侵入者 SideS
厄介ごとというのは、こう肝心な時に限って起こるもののようで…
階段を音もなく登っていた少女は人の気配を上の方から察知し、踊り場の窪みに身をひそめる。誰かを確認してからでなくてはなりきれない。
コツ、コツ、コツ、コツ……
駄目だ。よりによってなりきるべき対象と鉢合わせてしまった。
仕方なく、少女は踊り場の窪みからスッと出ると、下りてきた人物よりも素早く気配も消して、もう一度来た道を戻り、4階の廊下に滑り出る。そしてうまい具合に身体を世闇に紛らせ息を殺す。
鉢合わせた人物は、さすがの感覚の持ち主で、しばらく不審げに周りを見回していたが、少女が息を殺し一分たりとも動かずにいると、4階の右奥の方へ歩き去っていった。
「運があるのか、無いのか…」
ため息と共に立ち上がると、また5階に向け上がっていく。
5階に着くと、すぐさま標的の部屋へ。そして部屋の近く、廊下の天井にある排気口の中へ上手く入り込むと、部屋のああるであろう方角に這って進む。
階下から全て排気口が繋がっていれば、それが1番良かったのだが。
「さてと…」
少女の部屋の中が見えるところまで行くと、今度は丸い球体状のものを取り出す。彼女のポケットやらなんやらはまるで万箱だ。なんでも入っている。
その球体をそっと置くと、横から細い針金のようなものが8本生えてくる。まるで蜘蛛のようなそれは、蜘蛛のように歩いて、先程入ってきた排気口から出ていった。
そしてしばらくすると、脚を中にヒュルリとしまいこみ床に落ちる。
カタッ…
球体は何故か器用にも転がらずにその場に留まる。
部屋内を見ていた少女は、部屋の主が入口の方に向かうのを確認すると、排気口を開け、室内に音もなく降り立つ。
標的の部屋と、もう1人、2階の華奢な少年の部屋だけが寝室内に排気口があり、助かった。
どうやら仕事は予定通りに終わりそうね。
しかし油断は禁物だ。
少女は胸元にある革製のポケットから細長いアイスピックのようなものを取り出す。そして素早く、しかし慌てず焦らずしっかりと進んでいく。
「…っっ⁉︎」
入口の方から部屋の主の苦悶する声が聞こえてくる。
蜘蛛に獲物がかかった。
うずくまる人物は、しかし少女の気配にようやく気付いたようで振り返りざまに小型ナイフを投げる。
「静かに。」
ナイフは空を虚しくかき、少女が寝室から勝手に持ち出した小ぶりのリュックにスッと刺さる。
「悪く思わないでちょうだい。大丈夫、原型は私か…あなたのお友達がやっつけてくれるわ。」
少女は舞うように標的の背後に回り込むと、口も鼻も左手できっちりと塞ぎ、標的の耳元に口を寄せて話しかける。
その右手には先ほどの武器が月夜を受けて光っていた。
「おやすみなさいもう1人の私。」