感傷2
そういえば…ここ数日、まともに食事を摂ってなかったな…
繁華街のいい匂いにふと、そんなことを思ったが、不思議と腹は空かず、ただただジャックの元へ行かなければ、と言う思いだけが脳を支配していた。
「とりあえず連中に見つからないように南へ……‼︎」
本当は車があればなお良いのだが、繁華街のど真ん中に車なんてあるわけない。
とりあえず南地区へ入るためにはここを抜けて、それから山1つ超える必要がある。
途中にはかつて"世界遺産"とやらに登録された建造物もあって、そうとう時間がかかってしまう。
考えろ…考えろ……
「ん?あ、おい‼︎あんた、そこのお兄さんよ‼︎」
突然、背後から声を掛けられる。
「………?」
テンがキョトンとしていると、その男性は頰をかきながらちょっぴり寂しそうに笑った。
「まぁもう覚えてねぇかぁ…むかーしに別嬪さんと、それから同い年くらいの男の子と来よったろ?ほら、クイーンとジャックていやぁわかるかい?」
「え?あ、はい……」
「俺ぁすぐそこで店やってんだけどよ、今日は休みでな?そんでちと歩いとったら懐かしい顔をみっけたから声かけたんだよ。肉サンドのよ。」
「あ‼︎はい‼︎」
生憎、男の顔は覚えていなかったが、そんなようなものを食べた記憶はある。ジャックが食べたいと珍しく駄々をこねて、クイーンが渋々食べさせてくれたものだ。
「なんだ、人でも探してんのかい?」
テンは瞬時に考えを巡らせる。
目の前の男は、協力してくれるだろうか?
もっとも、屋台をやっている人間の多くはカンパニーやトラストルノ体制に対して否定的な人間が多いと聞く……快く、とまではいかないにしても、多少の協力は望めるのではなかろうか。
「あ…あの……実は……」
テンは手短に男に事情を説明する。
ジャックが南のカンパニーに攫われた。
助けに行きたいが、トラストルノを中枢で牛耳っている連中が邪魔をしてくる。
女王も捕まってしまった。
そのクイーンから助けてきてくれと頼まれた。……という旨を話す。
無論話の中に事実と異なる部分や、意図的に端折った部分はある。
……が、テンにとってその男に話をしたのは、幸運だった。
「南地区へ攫われただと⁉︎それはいかん‼︎あっこの連中は猿以下だ。いつでもあいつらはヤることしか考えとらん。ジャックとは最近会っとらんが、クイーンに似て美人になってると、会った奴らが話しとった……そんな奴が南に行くなんぞ…恐ろしいことだ‼︎‼︎」
旧時代の、根も葉もない噂による差別意識。
これが極端に強い人間が未だに少なからずいる。
この男もそのうちの1人だ。
しかも、南地区に対して、強い嫌悪感を抱いているらしい。
「で…でもジャックは男です。そりゃ顔立ちは整って綺麗ですけども…」
テンが思わず反射的にそう諌めても、男は「いや、連中は危険だ」と言って通すほどに。
「俺にも協力さしてくれ。さすがに南地区の中までは送ってやれんが、こっそりあっちの地区に入れる所ならあるよ。」
「本当ですか⁉︎」
壁があるわけでもないのに、各地区を跨ぐのには実はかなり苦労する。特殊な職業や、裕福な家に育ってる人間でもない限りはそう易々と移動できない。
明確に壁を築いている北地区程ではないが、移るという意味では困難には違いない。
しかも災害直後。目下大戦準備を進めていると噂される地区への移動。
「おう‼︎俺についてきな。」
テンはまだ地区の境界線を越えたわけでもないのに、男に心から感謝した。