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トラストルノ  作者: なさぎしょう
愛憎劇
233/296

鑑賞2


その人物は名影零(なかげれい)にそっくりだった。顔の造形だけではない、身体のつくり、髪や瞳の色、はにかんだ時のえくぼ……


「そっくりだよね」


横では名影が可笑しそうに舞台上を見ている。


「うん……でもやっぱり別人だね。」


「え……?」


名影自身は気づけないのかもしれないが、舞台上の人物と名影では、外見こそそっくりでも、纏っている空気が全く異なっていた。




一種のカリスマ性は双方共に持っている。


でも、名影が持っているのは人を惹きつける力で、舞台上の人物が持っているのは魅了する力だ。

意識的か無意識的か、といえばいいのだろうか?


名影の魅力はアスリートのそれに近い。

圧倒的な才覚や、それに上乗せされる人の良さ、かしこさ、そういったものに自然と人が惹かれる。


一方舞台の上の…ジェスター?さんの魅力は政治家やアーティストのそれだ。

まぁもっとも、ジェスターの方は現にこうして亜細亜座のアーティストとして活躍しているのだからそう見えるのは必然なのかもしれないが……




ジェスターこと(りん)さんの噺が始まると人々は吸い寄せられるようにそちらを見、入り込む。

噺の途切れる節々では、彼女を中心にして会場全体が水を打ったように静まり、笑い声や余計な掛け声もなく、彼女の吐息だけがスーッと広がっていく。


他の見世物なんかとも圧倒的に違う。

孤独の表象。

客と一体化というような感じはない。

舞台上でたった1人。凛としている。


演目はよく分からないが、やっていること自体はなんとなく知ってる。


「これ……落語だよね?」


「そうね。」


「なんて演目?」


「うーん……分からん。芦屋に聞けば分かるよ、たぶん。」


名影と真城もしばし見惚れ、聞き惚れる。


噺の中身や話し方だけでなく、所作の1つ1つまでもが精巧に作り織られた織物の如く。

なるほど、これが亜細亜座トップの実力か、と納得させられる。








「やっぱり別人だね」


この言葉を聞いてほっとした自分がいた。

やっぱり私達は別人だ。

私は……私だ。




彼女の噺は面白かった。生憎落語にはそこまで精通していないため、演目の名前などは分からなかったが、名影はそれよりも彼女の所作に目を奪われていた。


扇子を持った手が彼方此方へ流れるように動くかと思えば、ピタリと止まり、今度はコツコツと床を鳴らす。

手拭いを持つ手も淡白く、儚い。

流すように何かを追って滑る視線と、切れ長の目。


おかしい……同じ顔、同じ身体、同じ声、同じつくりをしているはずなのだ。

クローンについては調べたから間違いない。

それなのに別人に抱く思いと同じくらい、彼女に魅了されてしまう自分がいる。




「…………っ‼︎」


名影は一瞬息を飲んだ。

明らかにいま、視線が合ったように感じたのだ。しかし、ここは壁につけられたいわゆる箱席だ。

こちらからは目の前のエアモニターもあるため見えるが、向こうからはこちらはちゃんとは見えまい。

しかし名影には相手がしっかりと自分を名影零(なかげれい)として認知したと感じ取れた。


「 見つけた 」


間違いなく、その冷めた視線に絡め取られた。

噺の流れ上、そうしたのだろうが、彼女の不敵に持ち上げられた口角が……そこから覗く白すぎる歯が……


「私だって…貴女を見つけたのよ」


もしかしたら、すでに相手の手中かもしれない。




私が相手にするのは……






人に紛れる道化……






化け物(ジェスター)なのだ。


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