不運
グプタの息子の友人達は、ジャックが考える程は馬鹿ではなかったが、ジャックが考えるよりもはるかに卑劣な連中だった。
「ロシア女を探す必要は…その…ないかと」
正妻の下に何人かの息子の友人達が訪れそう申し出た。それは早くも事の発覚したその日の夕方の出来事であった。
「何を言っているの⁉︎」
当然、正妻はヒステリックに詰め寄った。が、やってきた友人達の代表はあくまで冷静を装う。
「いえ、捕らえる事そのものに関してはやれというなら尽力致します。ですが、もし彼女をグプタ襲撃と子息不明の犯人だから捕らえよ、と申すのであれば、それは不要です。」
「?他に犯人がいるの?」
「はい。犯人は………
ジャックです。」
息子の友人達にとって幸いだったのは、そもそも正妻はジャックが大嫌いだった。ジャックの顔を見るたびにあの女の顔がチラつく。
息子をどこにやったのか知らないが、そちらがその気ならこっちだってあの女の元へ子供を返すつもりは無い。
「ねぇ、あの先生を呼んでちょうだい。」
ジャックは一日中、動くことが出来ずにいた。持ってきたどの薬でも痛みをかき消すことが出来ない。しかも足を掴まれた時に痛めたらしく、青く腫れている。
それでも帰る準備は済ませてあるし、特に息子の友人達もここに来る気配はない。
「はぁ…………」
もはや今ほどのチャンスは無いのではないか。這ってでも今、ここを出て行こう。
ジャックは痛む身体を起こし、またベッドから落ちようとした。
バタンッ‼︎
しかし判断が鈍っていたためか、もっと早くに出て行くべきだったのに、あまりの心的痛みに、ジャックといえども耐えられなかったためか…とにかく不運とは重なるものだった。
「おい‼︎てめぇがグプタを襲撃したんだろ⁉︎子息はどうした⁉︎」
は?何を言ってる?
叫びながら入ってきたのは昨晩いた連中の中に見た顔だ。南地区では珍しい西系の顔立ちをした、いかにも嫌味な奴。
そいつが訳のわからないことを叫びながら、ジャックを引きずるように部屋から出し、一緒に連れ立ってやってきた屈強な男たちにどこかへ運ばせる。
しかし、"俺が犯人"だと?
そんな訳ないのは誰より連中が1番よく知っているだろう。悔しいが、グプタの息子の友人達がジャックにとっては1番のアリバイ証言人になりうる。
「…………」
正妻が指示したのだろうか?だとするなら逃れようがない。拷問にかけられることになるだろう。
拷問の苦痛を軽減させる方法は知っている。
無我夢中。
別にがむしゃらに耐える。ということではなくて、自我を捨て、夢の只中に意識を浮遊させる方法だ。
上手くできる人なんかだと拷問を心地良いものへと、感覚変換することができるという。
が、この方法の難点は、無我夢中の状態から元に戻れない可能性が非常に高いという点にあった。
そして生憎、ジャックはこの方法を三度試して、三度ともテンがあの手この手を尽くしてくれてようやく自我を取り戻す有様。
ようするに苦手なのだ。
しかし、ティトの事を喋るならともかく--------そもそもどうせよく知らない------、トランプの事なんかを話してしまったら問題だ。
連れてこられた部屋の内装を見て、ジャックは絶望するより先に感動した。
旧時代の映画なんかで見た。
薄汚い鉄丸出しの、絵に描いたような拷問部屋が目の前にある。
しかし感動の直後に絶望を孕んだ驚嘆が物凄い勢いで心中へなだれ込んで来た。
あいつ…やっぱり他の組織とも繋がってやがった…いや、そんなことよりも、あいつが俺の拷問をするのか?
まぁ隣に立つ正妻が自ら拷問をするとはとても思えないし…白衣のあいつの周りには薬を始めとして様々な器具が並んでいる。
爪剥ぎなんて、中世か?と問いたくなるような品物まで揃い踏みだ。
なによりあいつがいて絶望なのは、本来仲間のはずのあいつがなにより俺を嫌い、そして隙あらば攻撃を加えてくるような奴……であることよりも、あいつがトランプでも医者として役割を担っていたために、ジャックの身体的弱味をほとんど知っていることと、嗅ぎ回るのが趣味故、精神的弱味も握っていることにあった。
「やぁ‼︎君がジャックか。」
何を白々しいことを………しかしあいつがトランプだということは言ったところで信じてもらえるとは思えない……
「さてさて、この椅子に座ってくれたまえ。」
ジャックはこれまた絵に描いたような鉄椅子に座る。
すると手首、足首に固定具をつけられ、完全に拘束されてしまう。
座ったジャックに目隠しをするべく、白衣の男がジャックの正面へ。そして黒い細布を巻く前にそっと頰に指を滑らせながらニヤッとイタズラっぽく笑ってみせた。
ジャックはため息もつけなかった。
細布が目に被さり、サイスの姿は見えなくなった。