悪夢
ジャックは夢の中である女の後を追っていた。必死で追いつき、抱きつこうとする。
小さな身体がもどかしい。
大きくなれ、大きくなれ……と願う。
すると今度は身体が大きくなり、その人にうんと近づけるようになる。やっと手が届きそうになったところで、その人が自分に銃口を向けているのに気がつく。
もう一度小さく…
そう願って小さくなれば、その人は銃口を向けてこなくなる。その代わり、またより届かなくなる。
もどかしいが、それでもその人に縋れるかもしれないこの空間はジャックにとって大切な大切な空間だ。
いっそ死んでも良いから、その手に抱いてくれはしないか。
ジャックがそう思うが早いか、その女の人は発砲した。
腹部に鈍い痛みが広がる。
おかしい…だってこれは夢だ。
夢だという自覚がある。
それに銃に撃たれた時の痛みはこんなもんじゃあない。もっとジクジクと、傷口から全身を焼かれるような痛みのはずだ…
ならこの痛みは……?
そこではたと目が覚めた。
目がさめる寸前、女の人の顔が見えた。表情の細部まではっきりと見てとる事が出来た。
「うんん…………⁉︎」
ジャックは余りの驚きと気持ち悪さに瞬間、動きを止めてしまう。そして呑気に睡眠薬なんぞ飲んでぐっすり眠った数刻前の自分を殴り殺してやりたくなった。
疲れてた?そんなのは言い訳だっ……
ジャックは腰を上げ、それから落とす動作の反動で足を齧歯類のようなその顔面に蹴り込む……はずだった。
「……っ⁉︎」
そんなに強力な薬だったのか?
びっくりするくらい身体が怠く、グプタの息子は少し顔をしかめた程度でビクともしない。
「ひっ…いっ……いやだっ、やめろ‼︎や、んぐっっ…」
ジャックはそこで自分が一糸纏わぬ姿な事に気がつくとシーツを手繰り寄せながら、枕の下のナイフを引き抜く。
「っぶねっ‼︎」
グワングワンと揺れる視界と、フラフラの四肢を堪え踏ん張って、グプタの息子に斬りかかる。
ベッドから落ちるように降りると、周りの人間に手当たり次第に斬りかかり、窓の方に近づいていく。
こんな所に長々といたのが悪い。
ティトの助けを待つ余裕はない。もう自力でここを抜け出すしかない。
こいつらは正気じゃない‼︎
「来るな‼︎寄るな‼︎触ん……っ‼︎‼︎」
ズルっ…
まずいっ……‼︎
ジャックがフラフラし過ぎてシーツを踏むと、磨かれた床とサラリとしたジャックの足の間でシーツが滑らかに滑る。
普段ならこんなミスしない。ほんの数秒でここにいるやつら全員血の海に沈ませてやる……それで全部終わったならいつもみたいに不敵に笑ってみせてやる……
ティト・コルチコフに騙されたのか?
滑って後ろへ倒れこむジャックを男2人で抱きとめ、そのままスタンガンを首元に充てがわれる。
ジャックは身をよじって交わそうとするが、寸前で電流が流れ、思わず弾けるようにナイフを取り落としてしまった。
「やめっろ‼︎やめ…………」
多勢に無勢。
もう一度、元の通りベッドの上に引き戻され腹立たしげに周りを見ると、齧歯類の他にもざっと二十人程いるように見受けられる。
こいつらが、たとえば金銭などを脅しとろうというのではないことは流石に分かる。殺そうという直接的殺意でないのもわかる。
だいたい服が全部脱がされている時点で目的なんてわかりきっている。が、分かりたくない。
冗談じゃない。
「なぁ、あんたって肌が作りもんみたいだなぁ」
グプタがすーっとジャックの脚を撫ぜる。
ジャックはその瞬間酷い吐き気に見舞われえずいてしまった。すかさずグプタの息子が仲間の1人に救急用のキットと小型ドローンを持って来させる。
ジャックとしてはそんな気遣い無用であった。
むしろ吐かれて嫌なら帰れ、と思っていた。
「おえっ……」
「大丈夫か?なぁ?」
この手慣れた感じ。今までも女か男か知らんが何人も強姦してきたのか?
複数人で寄って集って…クズどもが‼︎
「触んじゃねぇよ…‼︎」
ジャックは凄み睨みつける。
が、グプタの息子はなんてことは無さそうに、あろうことか、ジャックの口唇に自らの口を寄せてきたのだ。
ジャックは気持ち悪さと、悔しさと、そして自分のいまの無力感によってこれからもたらされるであろう行為に対する明確な恐怖心に支配され始める。
頼むから、離れてほしい。
切実な願いなのだ。
頭がいたい。割れそうだから…
もう帰らせて…
その時、夢の最後でみたあの女性の表情がチラついた。
ねぇ…そんなところで笑っていないで…
助けてよ…
お母さん……‼︎