依正
グプタの息子は十数名の名ばかり部下を連れて、ジャックの泊まっているであろう部屋を目指す。
両側にいる男には麻酔の銃や、スタンガンを持たせる。
ジャックなら音に気づいて飛び出してくるとも限らない。
「気ぃつけろよ。顔は傷つけんな。」
扉の前までくると、そっと取っ手を掴み押す。
「マジでこの部屋鍵ねぇ‼︎」
その場の全員で目で合図をすると扉を開け雪崩れ込む。その瞬間に扉に仕掛けてあったトラップが作動し思い切り足を掬われそうになるが、どうやらジャックが想定していた人数よりも、こちらの人数が多かったようでするりするりと、結局全員足が抜けた。
起きてこねぇな……?
グプタの息子はそこで違和感を感じる。
寝てるのか…?
寝室に入ると、ベッドに横になるジャックが目に入る。グプタの息子は恐る恐る近づき、横を向いて眠るジャックの横顔を覗き込んだ。
「………っ⁉︎」
こいつは、嘘をついているんじゃないか?だってどう見たって女だろう。本当に本当に幼い頃に父がこの家に呼んだ女神のような女を思い出す。
もしかしてこいつは、その女の息子だろうか?あの時確かに自分よりもさらに幼い子供が、その女に連れられて来ていたようにも思う。
「おい、見ろよ。これ睡眠薬じゃねぇか?」
「うわっ、きっついの飲んでんな。」
「こんなんじゃ寝込み襲われたらどうすんだよ」
「襲う俺らが言うか?ねぇ頭」
「頭……?」
グプタの息子には彼らの声も届いていない。
目の前の精巧な美術品に釘付けだ。
グプタの息子はそっとその頰に触れる。陶磁器のよう。
それから睫毛に触れる。質も量もまるで揃えたかのよう。
その瞬間には下心などなく、ただ一心に美術品の深奥見たさにグプタの息子はシーツをつぅーと剥がしていった。
ベルベットか何かよく知らないが上質なその上掛けシーツの華やかさが…その下から現れた白寝巻きの青年の美しさに霞んで見えた。
わずかに覗く肌はシルクのそれだ。
「うわぁ………」
グプタの息子に続いて様子を覗きにやってきた仲間達もほぅっと溜息を吐いたり、ただただ感嘆しだす。
ゆっくりと手を腰の下側に回し横寝を仰向けの状態にすると、ジャックは僅かに身じろぎ眉をひそめる。
しかしすぐにまたスヤスヤと眠る。
こんなにも安らかな寝顔があるか?
これは崩してはいけない何かなのではないか?
実際彼等がそうしてくれたなら、この日の夜はジャックにとってここ数年で1番心地の良い眠りであった。
ティトに感謝してもしきれぬほどに。
しかし、神聖で畏れ多いという畏怖の念と同時に、抑えようの無いほどの嗜虐心を覚える。
グプタの息子はゆっくりと、ジャックの寝巻きのボタンを外していく。
ティトの薬はジャックをなかなか心地よい眠りの海から引き上げてはくれない。
ハラリ……
スルスル……パサッ…
なんだか教会の中で邪淫を働くような背徳感がある。しかしそれが余計に彼等を煽った。
一糸纏わぬ姿。
それがこんなにも煽情的な事があろうとは。こんなに酔わせられるとは。
彼等はただ見るだけでも、なにか…例えば聖母マリアの腕に抱かれたような満足感に浸っていた。邪な気持ちとは無縁にあるような状態。
しかしただ1人、吃りのキツい男だけはなんとも機械的な興味によって突き動かされ、ジャックのサラリとした腹部に手を乗せ、しかも何を思ったのかぐっと力を込めて押した。
「おい‼︎なにしてる‼︎」
グプタの息子が小声で叱責すると、男はニマニマと貼り付けたような笑顔でグプタの息子の手首を掴み引っ張るとジャックの肌へ手を沿わせる。
この時、グプタはその男の力の強いのに驚き一瞬気をとられた。
「うんん…………⁉︎」
「あ……‼︎」
さすがに腹部の鈍い痛みにジャックが目を覚ます。そして2人の目があった。
ジャックは顔を青ざめさせ、そしてあらん限りの力で持ってグプタの息子の側頭部に蹴りを入れかました。
1番はじめにジャックに触れた吃りの男が、ジャックの生白い肌に触れたのはこれっきりだった。
あとはただニマニマと笑い。
笑い、笑い、笑っていた。




