休息
まいっちが見つかり、救出された。
つまり、気兼ねなく、潤と共に亜細亜座へデートに行けるということだ。芦屋にその旨を伝えると、「指揮をとるのは得意じゃないから恩かロブあたりに指揮を頼んでくれ」と言われた。
それから「楽しんでこい」とも言ってくれた。
つくづく私は人に恵まれていると思う。
PEPE校内のSクラスだけが立入れる手動運転車乗り場に向かうと、すでに真城がいる。普段はみんな白と黒のスーツや制服でいる分、私服は貴重だ。
真城は足の長さの際立つ黒いパンツに白いワイシャツ、カジュアルなジャケットは濃青で、名影は素直にかっこいいと思った。
「あ…すげぇ…」
名影ももちろん私服。ずっと前にシヨンがくれてから、一度も来たことのなかった白いワンピースキュロットに、上は濃青のジャケット。ちゃんとペアルック風にした。
足元も普段なら絶対に動きやすさ重視で選ばないような、ベージュで踵の高いサンダル。
真城は思わず上から下まで舐めるように見て、それから普段はスーツなんかの下にかくされていた淡白い美脚や肉付きの良い胸部を思わず見てしまう。名影は決して背が高いわけではない。それでも…むしろだからこそ可愛さが際立つ。ギャップというやつだ。
「潤?早く行こう?」
「ゔぇっ⁉︎あ、あぁうん‼︎」
真城が他人の前では絶対に見せない様々の表情が、名影の前ではスルスルと出てくる。
真城が運転席に座り、名影が助手席に座る。
座ってすぐ、名影は手に持っていた茶封筒から書類を出して目を通しはじめた。
「それ…なに?」
「情報屋さん達からもらったのよ…ごめんね、すぐ読んじゃうから。それで車に置いていくわ、この封筒邪魔だし。」
「え、重要な書類じゃないの?」
「トランプの構成員に関する情報。でもいいの、今日は必要なものはこっちのリュックに入れてあるから。」
と小さなリュックを叩く。書類は盗まれたところで名影にとっては大して問題じゃないらしい。
「そこにはトランプ全員の情報が載ってるの?」
「全員かは分からないわ。とりあえず8人分はあるわね。それからトランプの構成員とは別の情報もあるみたい。」
「別…?」
「そう、たとえば工作員の情報とか。あとで潤も見る?」
「見た方がいいなら。」
そう言うと、名影はクスクスと笑ってまた書類に視線を落とす。真城の全権を名影に丸投げするスタンスは嫌いじゃない。
真城の運転はとてつもなく上手い。人混みに次ぐ人混みの只中をスイスイと器用に進んでいく。それでいて揺れない。
もっとも…
と名影は窓から外を見つつ前々から思っていたことを零す。
「こんなに人混みがとんでもないんならディックの世界のように、空飛ぶホバーカーでも作ってくれりゃいいのに…クローンやらアンドロイドなんかより余程役に立つわよ。」
「アンディーは出てくるよ。」
「そうね。でもアンディーはいつだって最後には人間にとって脅威になるわ。」
なるほど。
真城は目の前を走り去る少女をスルリと交わすと、金を強請りにくる浮浪者達に気づき道を一本変える。
「脅威になるかどうかっていうのは、意思の内在の有無によると思うわ。」
名影は窓から外の景色を眺めていた。
あっちを向いても、こっちを向いても…人、人、人、人人人人………
「ゲシュタルト崩壊起こしそう。」
思わず呟くと、真城が盛大に吹き出した。
「ふーーっ、ついたー‼︎」
亜細亜座の持つ劇場の中で最大規模の建物が目の前にある。彼らの復興は早かった。
頑張る皆様に少しでも笑顔を‼︎
ということで片付けと再公演を同時進行で進めていっているらしい。
「で…でかっ……」
真城は予想をはるかに上回ってきた劇場の規模に驚いた。
「書類はここで目を通す?劇場内でみる?」
「中に…入ってから見る‼︎」
真城は早く中に入りたくて仕方がないらしい。名影は茶封筒を真城のリュックの方に詰め、真城を伴って入場口へと向かった。
今日は純粋に楽しもう。