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トラストルノ  作者: なさぎしょう
騙合戦
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抱き寄せられて (交錯)


ティトが部屋を出て行くと、すぐにジャックは薬の小瓶から一粒取り出しコップに水と手持ちの液体を入れる。そしてそこに取り出した一粒を落とす。

シュワッと薬は溶ける。そのまま水を白っぽく濁しながら溶けて消えた。


「本当に…ただの薬か。そんなに顔色やばいのか…?」


ジャックは正直有り難かった。

この部屋に鍵が掛からないのが気掛かりだが…1日くらいちゃんと寝なければ倒れそうだ。帰り分(・・・)の体力も残しておかなくては。


「強いな……」


小瓶の裏の成分表から見るに、かなり強めの睡眠薬だ。一錠でも十分そうだな…


このメモリーも見た方が良いのだろうが、残念ながら今再生出来る機器は手元にない。どうせ明日か明後日にはあのロシア女が連れ去って(・・・・・)くれるんだろう。ならこれは帰ってすぐの楽しみにしておこう。


とりあえず、悪趣味なガラス張り金ピカのバスルームでシャワーを浴びて、髪をタオルで拭きながら端末を持つ。

電波が妨害されているのか、それともハナから電波が悪いのか…全く通じない。テンにくらいは連絡を入れたいのに…。


帰りたいな……


髪を乾かすと、端末を枕元に置き、ジャックは荷物を丁寧にまとめる。いつでもすぐにでていけるように。大切な写真は大きなバッグとは別の小さなポーチへ、そしてメモリーもその中へ入れる。

準備を終えると、どさっとベッドに横になる。南地区(サウスヤード)は昼間と夜間の温度差が激しい、これから真夜中から明け方にかけては冷えるだろうかきちっとシーツに潜り込む。そして一錠飲み下すと、しばらくしてとてつもない倦怠感が身体を包み、そして瞼がゆっくりゆっくり落ちていった。






俺は、息子(・・)という所ばかりを評価されてきた。むかつく親父だ。


しかし、女や愛人の趣味は良い。

今までも親父のお零れは散々食ってきた(・・・・・)。俺は大概のものは手にすることが出来るんだ。命だとかそういったものでなければ…


それが、だ。

あのジャックとかいうやつの、あの食えない態度。なんとか、あの綺麗なすかした顔を歪ませたい…服従させたい…

それなのに親父はあいつにだけは手を出さない。出させない。


くそったれだ。




グプタの息子は内心毒づきながら、腹心の部下達がいる部屋を訪れる。


「お疲れ様です。」


父親や幹部の連中からは餓鬼の、不良の寄せ集まりのようだ、と言われたがそんなことはない、と思っている。

確かに外見は粗雑かもしれないが、性根はまっすぐで信頼に足る。

なにより、グプタの息子にとっては、自分をトップとして扱ってくれるのが心地よかった。


「なぁ、縄とか葉巻…じゃねぇや煙草だ煙草‼︎旧時代の余りもんが確か物置にあったよな?」


「⁇ありましたね。なんかするんすか?」


「おう、お前ら、今日夜飯に呼ばれてた男見たか?俺らと同い年くらいの」


そう聞くと、全員の顔が薔薇色に染まる。女や顔の綺麗(・・・・)なやつらはそうそう外でお目にかかれない南地区(サウスヤード)にあって、あそこまで容姿の整った客人は珍しい。

南地区(サウスヤード)の男どもは金にしか興味がないのか、はたまた母親や奥さんに対して真摯すぎるのか…女は(・・)守るもの(・・・・)の意識が強すぎる。


「で、その男を…どうするですかぃ?」


男達の中で1番ヒョロくギョロ目の男が分かりきっているとばかりにニヤニヤしながら問いかける。

男の言葉は何だか奇妙な文節で区切られながら発せられた。


「そりゃお前、ナニってこともねぇだろう?」


「ぐっすり寝ててもらわないとですね。戦闘には長けているんでしょう?」


「だから、こいつを使う。寝込みを襲ってこいつを打てりゃ、あとは好きに出来るだろうよ。」




下卑た連中は獲物を前に高揚していた。








グプタの息子達が縄やアレやコレを物置に準備に出た頃、ティトはジャックの部屋を出た。


ジャックがアリバイ作りを手伝ってくれる、それはとても有難い事だ。グプタはジャックを本当に大事に思っている。


ただ、ジャックには嘘をついている。私のターゲットは息子だけ(・・・・)ではない(・・・・)。とりあえず息子を殺る。そうしてジャックを逃したらグプタも始末する。

いま南地区(サウスヤード)の住人達からはグプタが人気だが、幹部連中からは息子の"好戦的"な態度が評価されている。

ぜひ火種を大火に………


ティトは時々、自分が普通の…いわゆるトラストルノにおける一般人だったらどうだったろう、と考える。

それでもPEPEに行こうと思っただろうか?

ジャックにももしかしたら惚れていたかもしれない。ティトは昔から絶対に振り向いてはくれないだろう人に惹かれる傾向があった。

たとえば、元首席。芦屋の亡き兄だ。


「バカバカしい考えね…」


ティトは呟き苦笑した。

"もしも"なんてない。昔、本当に幼かった頃に読んだ紙の本に書いてあった。



苦痛こそが"生きる"ことの本質だ。



もしそうなら、私はきっとこの人生を生きるのがいいんだろう。このまま、"幸せであること"そのものにすら苦しみながら生きて行くのがいいんだろう。




なにがともあれ、まずは息子の殺害と、火種の拡散だ…今から部屋に戻り準備をして行けば、寝ているに違いない。


ティトはそう見込みをつけると自室への道を急いだ。


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