抱き寄せて SideQ
ルルルルルルル…ルルルル…
女王は何かに取り憑かれたかのように、驚愕と恐怖を浮かべたまま、電話に近づき受話器を取る。
こんな夜に電話なんて…
「もしもし…?」
『あ、どうもイオ・ラプス様のお電話でお間違えないでしょうか?』
あまりにも久しぶりの呼び名に、女王は眉をひそめる。誰か分からない以上、下手にそうだ、と答えない方がいいだろうか?
「いいえ?」
『あれ?そうですか?おかしいな…』
しばらく沈黙が続く。
『あ、もしもし…?あのですね…もし良ければそちらにお邪魔してお話を伺えませんか?』
「は?」
何を急に言っているのか。そんなの普通ダメに決まってる。だいたい今は来客なんてごめんだ。
私はなんとしてもジャックを連れ戻してこないといけないのだから。
「ちょっと待っていただけます?」
『えぇ、ただもう家の周りにいるので、お出掛けにならないでくださいね?』
クイーンはその瞬間、相手が何者であるか気がついた。
カリカリ…ザッザッ…カリカリカリ…
咄嗟にメモに走り長きし、テンに見せる。テンは驚きつつメモを読む。
『恐らく相手はSOUP。
狙い不明。裏から出て‼︎
夜のうちに南へ。
ジャックを見つけたら連絡を頂戴。
もし連絡がつかなかったら2人でどこかあまり人のいない所へ逃げて。』
テンはメモから顔を上げ、クイーンを見る。
クイーンは先程までの、気弱な少女のような雰囲気を消し去り、いつもの冷静で強健そうな瞳でテンを見返す。
それからハタと気づいたようにもう一枚メモを取り走り書きをして四つ折りにし、テンに押し付けた。
「ご無事で…‼︎」
テンは決心すると、小声でクイーンにそれだけ言い残し、急いで裏口へ向かう。
裏口といってもただの裏口ではない。
クイーンは音も無く走り去ったテンの、出て行った方をしばし見続けた。しかしまたキリッと表情を変えると、玄関に向かって歩いていく。
もはやその顔に少女も母親も残ってはいない。
ただあるのは、冷めた美しい女の顔だけであった。
「お待たせいたしましたわ。」
玄関の戸を開けると、すでにそこには男が3人立っていた。気配から察するに、この家の周りにざっと20人はいるだろうか?
随分大袈裟な……。
「中に入ってもよろしいですかな?」
真ん中に立ったセイウチのような男がクイーンに問う。男はクイーンよりも背が低く、中肉中背なんて言葉では収集がつかないくらいどっぷりと肉と脂を乗せた身体でモゴモゴと話す。
「えぇ、どうぞ。突然のご訪問でしたから、部屋は全然片付いておりませんけれども…」
「いえ、いえ結構ですとも。まったくおっしゃる通りで、我々の方が勝手に押しかけてきたんですからね…えぇ。」
そう言っておきながら、その態度は横柄そのもの。
クイーンは目の前の男よりも脇に控えるガタイの良い男2人と、そしてこちらを覗き見ているであろう多数の男達のほうに意識を配る。
すると、男達はクイーンを、明らかに意識しはじめた。これ見よがしに背筋を伸ばしたり、ネクタイを直したり…いわゆるソワソワした、ような状態になるのだ。
「それで…御用件と仰いますのは?」
部屋に入り、男達も自分も席に着くと、早速クイーンはセイウチ男に問いかけた。
「あぁ、いえね、我々の方ではいまイオ・ラプスという女を探していましてね。これがまた非道い女なんですよ。」
セイウチ男は何故か得意げに話し始める。分かりやすい男だ。目の前にいるのがイオ・ラプスで間違いないと確信も持っている。その上で、クイーンとの会話を楽しんでいる。
「その女は殺人に盗み…なんでもその手の、えー、旧時代で言う所の重罪になるようなことを片っ端からやっていたんですがね。しかもこの女、相当な醜女だそうなんですよ。」
「あら…それは…」
クイーンは露骨に嫌そうな顔をしてみせる。時に女が同性に向けて見せる極度な嫌悪感を自然に出す。
「それでね、この女には息子が1人居たんですよ。この少年がまただれに似たんだか美少年でねー。嫉妬した女はその息子も殺しちまったんです。」
ふーん、話としてはそんなに筋違えもない良い法螺じゃない。可笑しくって仕方ないわ。決して胸糞悪いだなんて、思っても顔に出さないわ。
「それは…恐ろしいですわね。」
クイーンは男の話し方や、目の動きなど細部に目を配りながら、脇に立つ男達への気配りも忘れない。
しかし、イオ・ラプスという女は随分酷い悪評を流されたもんだな…
もしかしたら出鱈目な噂話を話しているのかもしれない。私がそれを聞いて動揺するか否かのテストか…
「それで、その女性を探していらっしゃるのは、つまり殺された方があなたのご親族とかでしたの?」
クイーンは心底不思議そうに聞く。
「いやいやまさか。いやね、最近になってその女が何か…奇妙な集団を率いて活動しているというんですよ。」
「あら…まぁ。でもトラストルノでは個人の自由はどこまでも限りなく自由として扱われるのでしょう?」
クイーンはあたかもSOUPやPEPEの存在など知りもしないように応える。
「えぇまぁそうなんですがね。そうなるってぇと、つまり、我々にとって厄介なものは我々にとっての自由のもとに処断しても良い、とこうなるわけです。分かりますかな?奥さん。」
「まぁ、そうですわね。ところで我々…ということはあなた方はカンパニーの方かなにかですの?」
クイーンは相手の言い分を内心嘲笑った。
個人の自由だの平等博愛だのと謳った連中の、内実。ある意味このセイウチ男は信用に値するかもしれない。あまりにも正直であるから。
「えぇまぁ…いや、もうこの際奥さんにはお教えしましょう。我々は、SOUPと言います。」
クイーンは疑問を顔に浮かべながら、心中セイウチ男の意図を計り知ろうとしていた。
応接間からは隔たれたクイーンの寝室では、クイーンの端末が寂しげに震えていた。