伏兄弟と医者
ビジネス特区以外でこんなに馬鹿高い建物があるのは珍しい。40階建てビルの30階と31階が紅楼お抱えの医者の医院だった。
旧時代には、こういった医者のことを闇医者なんて呼んだらしいが、あいにくトラストルノには国家も政府も無いため、医師免許というものそのものが存在しない。つまり誰もが「医者です」と名乗ることができるわけだ。
まぁそれを聞くと、不安になるが、SOUPや代理戦争組織に認められた医者なら百発百中優秀な医師だ。
「ロックス先生を‼︎」
もどかしいセキュリティの数々を抜けて30階フロアに辿り着くと、受付にいた黒人のグラマラスな美女に快人が声をかける。
快人は次の幹部候補にあがるような人物だ。身分の説明やアポなどせずとも顔パスで通れる。しかも弟たちも総出となれば、紅楼の人間なら間違えようがない。
「107号執刀室にいらっしゃいます。今は多分手術を終えて経過の確認をされているかと。」
「ありがとう‼︎あ…受付の…」
「受診者名簿にはこちらで記名しておきます。ご長男様でよろしいですか?」
「あぁ、頼んだ。」
107号室ではスラリとした体躯に、ふわりとした茶髪、年の割に幼さの残る顔立ち、まっさらな白衣の出で立ちの青年------シーズ・ロックス医師が患者を部屋に戻し、手術の結果をカルテで確認している。
近頃奇異な殺人事件なんかが増えているような気がする。戦争が無いということはイコール平和ではない。
トラストルノにいると、嫌でもそれを思い知らされる。ロックス医師には嫌いなやつがいる。そいつは今頃南地区にいるだろうが、最近は南地区も治安が悪い。
グプタの正妻の息子が、好戦的なこともあり"戦争へ"向かう気運が高まっているのに、グプタはそれを許さず、鬱屈した不満が治安の悪化を招いているそうだ。
ロックス医師は密かに嫌いなやつが少し痛い目でもみればいいのだ、と思っていた。
「ロックス先生‼︎」
突然、107号室の扉が開かれ、どどどっと少年達が雪崩入ってくる。
「やぁ伏兄弟、揃ってどうしたの?」
「彩人を‼︎彩人を診て下さい‼︎」
「彩人くん?」
担がれてきた伏彩人が診療台の上に寝かされる。本人は青いのも通り越して土気色の顔で目を固く瞑っている。
唸ることすらしんどそうだ。
「毒でも盛られたのかな?」
ロックス医師の質問に運んできた4人は頷く。幸い、ロックス医師はこの毒がなんであるか察しがついていた。知人が誤って誤飲してしまった時に解毒したこともある。
テキパキと薬棚からいくつかの瓶を持ってきて点滴を刺す。それから彩人の身体を慎重に横向きにすると、細い糸のような針で背中の数カ所を刺す。
「そんなぶすぶす刺したら痛いよ…?」
末っ子の奏人が心配そうに見る。それを「大丈夫だから」と快人がなだめる。
「そうだ、それなら奏人くん。お兄ちゃんのお背中優しくさすってあげてくれるかい?」
「うん‼︎」
ロックス医師は高めの椅子を持ってくると、彩人の背中側に置き、奏人を抱き上げ座らせてあげる。奏人はそっとそーっと彩人の背を撫でる。
すると数分の後、彩人の顔色が良くなってきた。
「とりあえず後は少し様子見だな…珍しい毒ではあったけど、対処できないような即効性の猛毒とかじゃなくてよかったよ。」
「本当にありがとうございます。」
「いいえ〜。ちょっと電話してきていいかな?なんか容体に異変があったら2つ奥の…僕の自室分かる?そこにいるから呼んで。」
「はい‼︎」
ロックス医師は白衣をはためかせながら部屋を一旦出て行った。
「ありがたいな…よかったよ。」
快人は彩人の髪を梳き、顔にかかってしまっている髪をのけてあげる。
「マジでよかった……」
真人もほっとした勢いで力が抜け、床にどっと座ってしまう。気が抜けると、身体の疲れが一気に襲ってきたのだ。それにあの不気味なアンドロイドの恐怖からの解放も尚更、脱力感を誘う。
「うん。本当によかった……」
舞人はそう言うと、拳をぎゅっと握りしめ頭を思い切り下げた。
「ありがとう‼︎助けに来てくれて、嬉しかった、本当にありがとう‼︎」
3人は急な大声に驚く。がすぐに「そんなことか」と笑い出した。
「舞人、兄弟なんだから助け合うのは当たり前だろ。」
快人が舞人の頭をぽんぽんと撫で、それからぎゅっと強く抱きしめる。
「とにかく全員無事で良かったよ。」
舞人はそれから名影達に無事を知らせるために、電話を借りてくる、と部屋を出た。
もう1人の…西校の生徒には結局会わなかったな…
「いやぁだからさ…君ね、そうばかすか毒を使うなよ…君の本心じゃなかったのかもしれないが……うん、いや……」
…?
あぁそういえば先生も電話するって言ってたか。電話終わってからノックした方がいいかな?
「ところでアレは使った?…うんうん……あぁ…じゃあやっぱり改善が必要か……いやいや分かっていたことさ。そういやあいつは南地区から戻って来たか知ってるかい?……まだ?ふん、死んじまえばいいのさ…くくく……」
舞人はぎょっとした。あの優しそうなロックス医師でも「死ねばいい」と思うことがあるのか、と。そして次の発言で、舞人はさらに驚くこととなった。
「いや、わかった。うん…それじゃ……君も無事でなによりだ。今度また会おうじゃないか……
デュース。」