伏兄弟 6
パンッ‼︎
グラッと視界が揺れ、固い床がゆっくりゆっくり近づいてくる。信じられないような衝撃が身体の全てを支配し、途端自分の血肉が鉛になったかと錯覚した。
ドサッ………
「うぉい‼︎急に真横で発砲するからビビったじゃねぇか‼︎」
「うるさいなぁ。」
2人が近づいてくる。
幸い防弾用の着衣が少し役に立ってくれたおかげで、銃弾の軌道がそれ、急所は逸れた。とは言っても、結局被弾している事実は変わらない。
身体の左側が濡れ、温かくなっていくのが感じられる。むしろ熱いくらいだ。
熱い。熱くて、痛い。
逃げるか?しかしいま起き上がって逃げようとすれば今度こそ確実に頭をぶち抜かれて終わりだ。
「ねぇまだ死んでないでしょう?扉の裏側なんかで騙せると思った?馬鹿兄は騙せても僕は騙されないから。」
あれを使うしか無いか。
「ん?でも動かないなぁー。」
声が高い方の少年がしゃがんだその瞬間、服の襟元を掴み引き寄せる。
「うわっ⁉︎」
右手で抱き寄せるようにしながら、左手で黒衣の中から注射針を取り出す。そしてそれを器用に相手の首元に刺し、中の液体を押し入れる。
その間ほんの数秒にも満たない。
薬を扱うのは慣れてる。本当は人を救うことにだけ使いたいものだが…
そのまま今度は袖口から手の内にメスを滑り落とし、もう1人の首元めがけて投げる。それを避けた所へ思い切り足払いをかまし、身体の反転を上手くさせながら、薬を打った方を倒れた方の上へ投げる。
「ぐはっ…えほっ、げほっ…」
至近戦に持ち込めたのは良かった。デュースはそのまま踵を返すと出口へ向かう。また誰かに鉢合わせないとも限らない。常に左手にはメスを持ち、伏兄弟が入ってきたのとは別の出口へ。
出口が見えてくると、出口ドア横の赤いレバーを引き落とす。
これはサイスが考えた"最終兵器"を動かすものらしい。サイスのことだからロボとか、もしかしたら……アンドロイドとかの可能性もある。
でも今はそんなことどうでもいい。早くここを出て、そして、もう静かに生きたい。
今まで、ずっと拷問とか、良薬や毒を作ったりだとか裏方が多かった。前線に出るタイプではないと自他共に認めていた。
当然、体術や先程のようなある程度の精度ある投擲ができるようにしていた。
それでも…今回のように目前に戦闘による"死"を突きつけられて、やはり合わない、と思った。無責任かもしれないが、自分のも他人のも…死を常に前にされることになるのはごめんだ。
咄嗟に思った……「逃げよう」と。
頭が…グワングワンする…。
「…い‼︎おい‼︎彩人、大丈夫か⁉︎」
「うぅ…やばい…1人じゃ立てない。」
むしろ動くさえ億劫で。
ガチャ…カチャカチャカチャカチャ…
「………?なんだあれ…女?」
真人がなんとか彩人を背負って立ち上がると、目の前に素っ裸の少女が立っているのが見えた。背筋が寒くなるような微笑をたたえている。
「あれ…やばいやつ…だよな…?」
真人がじーっと見ていると、少女はそれでも微笑を崩さないままに近づいてくる。
これは逃げるべきだ。
自分の本能がそうしろと訴えている。
「あっちにも出口がありますように‼︎」
真人は駆け出す。駆けながら後ろをチラリと振り返っ…たことを即座に後悔した。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁまじかぁぁぁ‼︎」
なんだあれ、なんだあれ、なんだあれ⁉︎
顔が九十度綺麗に横に傾げられ、そして手はもはや手ではなくなりナイフになっている。走り方も独特で、奇怪な揺れ方をしながら追ってくる。
そしてなにより恐ろしいのが、傾げられた顔である。相変わらず微笑をたたえてはいるものの、目が先程よりも見開かれ…その顔で走ってくるのだ。
「くそったれがぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎」
真人は、出口を目指し彩人を背負ってひた走る。
真人はどんな状況でも諦めようなどとは思わない。兄弟いち諦めの悪い男であり、そして……
強運の持ち主であった。