伏兄弟 5
「いつまでも歳をとらないのね。」
「男か女かよくわからない。」
いままで幾度となく言われた。
見た目だけなら10代に見える。性別もどちらにも取られる。なんとなく存在自体がフワフワと浮遊しているような感じだ、というのは人に言われずとも自覚していた。
でもそれで良い。「自分は何者か」なんて問いは滑稽だ。
「自分は何者でもなく、ただ自分でしかない」
それ以外の情報なんて必要ないだろう。
それでも、だ。
まぁ少なくとも何十年か生きてきている以上、10代の少年少女よりは多少人生経験がある。物事の引き際、人間の限界、己の限界……
知っているつもりだ。だがこの状況はどういうことだ?
死屍累々。
雇ったのは与えられた物を最強の力を与えられたとばかりに、馬鹿みたいに使うことしか知らないような連中だった…とはいえ、あれだけの人数で銃をぶっ放していれば、相手も1人や2人倒れて良いもんじゃないか?
「全滅かよ……」
倒れた男達の胸や頭には綺麗に風穴があいている。
よほど戦闘慣れしているようだ。
家族写真の入ったカードケース、光る結婚指輪、物陰に向かって手を伸ばす者……
人生を終わらせるのなんて一瞬だ。
今回の侵入者は苦手なタイプ。戦闘には強いがゲーム感覚の捨てきれない、自尊心ばかり先に立つような、"ガキ"。
戦う必要はあるか?
使える奴らはすでに別出口から逃がしてあるし、情報端末や手紙類は破壊しておいたし…
もはやこの地下空間に用事など無きに等しい。
逃げるか。
「あ‼︎白衣みてぇな黒い上着着たやつってあいつじゃね?」
あぁどうやら行動が一歩も二歩も遅かったようだ。だいたい黒衣の時点で"白"衣ではないだろう。
医者の着ているような、と言いたかったのだろうが。
「…っ‼︎」
デュースは踵を返すと黒衣を翻し、近くの部屋に滑り込む。そしてそこにある"商売道具"を持てるだけ持ち、黒衣の中にも仕込んで物陰に身をひそめる。
「おい‼︎くっそどこ行きやがった‼︎」
「この通路部屋多くない?」
「逃げるなんてへっぽこめ‼︎」
「でも逃げるってことは僕らと戦う気はないってことじゃない?むしろ僕らも舞人とか奏人を探した方がいいんじゃない?」
あぁ是非そうしてくれ。無益な戦闘は避けるのが賢い。
しかしデュースの願いは"ガキ"には通じなかったらしい。
「あぁ?馬鹿か。いいか?こういうのはな、初めにキツくお灸を据えて置くんだよ。伏家に喧嘩売るとどうなるかってな。」
いや、馬鹿は君だよ少年。
伏の家がどれほどヤバいかなんてのはこっちは百も承知だし、君らが示すまでも無く周知の事実だ。
それでも首席の名影と話す必要があった。だが当然喧嘩を売るつもりは無い。だから殺したり、外傷の残るような拷問はしなかった。
だいたい、あれだけ派手に暴れて、まだ示したりないというのか?通路にあった無数の屍はなんだよ?
「どうやって探すの?」
「簡単だよ。一個一個部屋開けて、銃をその都度撃ちまくって炙り出せばいい。」
「弾の無駄撃ち⁉︎」
あぁ出来れば少し声が高い子の方に従ってはくれないだろうか。もう1人は感覚がイかれてるのか?
「おら‼︎やるぞ‼︎」
デュースがいるのは端から四番目の部屋だ。扉を開ける音と、機関銃の凄まじい連続した破裂音が近づいてくる。
デュースは扉側の壁に背をつける。
扉は内側開き。つまり扉の陰に隠れればいい。彼らは銃弾の被弾する音からして、部屋に満遍なく撃っているようで、部屋の内奥まではいって撃つようなことはしていないようだし……
「4つめ、いくぞ‼︎」
くる‼︎
バタんっ‼︎
ガガガガガガッ…ダダダダダッ…ダラララララッ…
凄まじい威力だ。部屋の中のありとあらゆるものが破裂、粉砕されていく。
この部屋自体にそこまで思い出があるわけではないが、ここでトランプとは別の、逃がした薬剤師と色んな薬を作ったりした。
そもそもの本職はこんな危険稼業じゃない。
戦場や貧民街などで役に立つような薬を作ること。それを売ること。
しかし、研究の成果もなにもかも、粉々。
妙な寂寥感があるな。
「うっし‼︎ここもOK‼︎」
狙われてる立場としては有難いが…ちょっといくらなんでも…
「……雑すぎない?」
デュースの心の中の声を声の高い方が代弁する。
「いいんだよ!だってさっきの奴らだって大したことないやつだったろ?つまりこんなにやったらビビって出てくるはずだ。」
んなわけあるか。こんな最中に出ていくなんて、よほどの愚か者だ。
2人が出ていくのを待ってスルリと通路に出ると足音もなく通路を後戻りする。
そんなデュースを、一つの銃口が捕らえていた。
パンッ‼︎