侵入者 SideH
「名影…首席。」
珍しい人に声をかけられた。
「ナギ‼︎まだ寝てなかったんだね。どうしたの?」
ナギの声をはじめて聞いた。
透き通るような良い声だと思うし、滑舌も良くてマスクをしているのに聞き取りやすい。
ナギはしばし逡巡したあと、口を開いた。
「ちょっとだけ…話、聞いてもらえますか?」
「?うん、別に構わないけど?」
ナギから話なんてこれまた珍しい。
実を言うと、名影をはじめとするSクラスの面々はかなり前からナギと話そうとあの手この手を考えてきた。しかしどれも空振りにおわっていたのだ。
だから嬉しい。
「どこで話す?」
「じゃあ…自分の部屋でも?」
「入れてくれるの?OK、じゃあナギの部屋で話そう‼︎」
なんと、部屋にも入れてくれるらしい。今日はなんだか良い日だ。
まだ電気係の恩が主電源を落としていなかったようで、2人はエレベーターで5階まで上がる。
5階はナギとアレイの部屋の他に物置やら掃除用具入れやらがある階で、生徒の自室があるのはこの5階までとなっている。
6階は娯楽用の部屋などに使われているからだ。
「5階って滅多に入ってこないんだけど、やっぱり下の階よりは月明かりとか入ってくる感じなんだね。中庭がめちゃくちゃ小さく見える。」
「まぁ夜は他の階より明るいと思います。6階みたいに廊下全面ガラス張りとかじゃないので、足元はやっぱり暗いですけど。」
「へー。3階とか4階なんて人の顔も相当近づかないと判別つかないレベルなんだよね。」
ナギと会話が成立していることに名影は内心ガッツポーズをしつつ、後についていく。
「どうぞ。」
はじめて入るナギの部屋は驚くほど片付いている。というより、何も無い。
ミニキッチンも、廊下や入口付近にも、下駄箱にも靴は一足もないし、さらにリビングはもぬけの殻。そのまま寝室に通されると、寝室にはベッドと、少し低めの机がベッド真横にどかっと置かれている。
「ずいぶん…片付いてるのね。」
「えぇ…実は…」
そこで、ナギは言いよどんでしまう。
俯いてしまって表情も見えない。
「ナギ?」
優しく声をかけると、ナギは意を決したように顔を上げる。前髪とマスクの隙間から見える瞳は、いままで見たことがないほど力がこもっていた。
「私、明日にはここを出ます。」
「え?」
「私、実はSOUPの連中から逃げながら、ある人を探しているんです。で、その人が名影さんなんじゃないかと思ってここに来たんです。でも違いました。おまけに連中がすでにこちらに気づいている、という情報がさっきありましたので、長居することが出来なくなったんです。」
ナギは、何を言っているのだろう。
ナギが、SOUPの…敵?
「ちょっと待って、意味がわからないわ。」
「私はSOUPのある実験の被験対象の1人でした。でも身の危険を感じて逃げ出したんです。そして今、私はあなたに警告しなければならない。」
「な、なに?実験?身の危険?私に警告?」
ナギがなにを言っているのか、ちっとも分からない。理解ができない。
「いいですか、連中が行っているのは
人間のクローン実験です。」
ナギは、なにを言っているのか。
SOUPがクローン実験をしている?人間兵器とかそういうことか?それならあり得なくはない。ここトラストルノの最大産業は戦争産業だし、SOUPは万が一に備えていくらでも人員が欲しいところだろう。
しかしクローン実験を行っているという情報を名影は耳にした覚えがない。噂程度のものですら聞いたことがないのだ。
そんな緻密に隠し通すことは可能か?
さらにそれでナギに身の危険が迫って、私に警告をしなければいけないというのもよくわからない。
「まぁ、ここまで言ってもにわかには信じがたいかと思いますし、私はどうせ明日にはここをでますから…手っ取り早くお見せしようかと思います。」
…見せる?
そう言うとナギは耳にかけているマスクを取り、前髪を掻き上げ、真っ直ぐに名影を見据える。
そこにあった顔に名影は目眩を覚えた。