女工作員
「急にお邪魔してしまって申し訳ありません、グプタ王。私の他にもお客様がいらっしゃるとも聞きましたわ。」
「いやなに、そちらはね…私の息子みたいなもんだから大丈夫。ところで王はやめてくれたまえ。グプタでいいよ。」
「久しぶりにお会いできて光栄ですわ、グプタ。」
「私もだとも。しばらくうちでゆっくりしていくかね?」
「えぇわがままを承知で五日間程お泊まりさせていただいても?」
「5日でも10日でも、一ヶ月でも一年でも…なんからずっといたっていいさ。」
「まぁ、嬉しいですわ。」
すごい…本物の外からの工作員を見たのは初めてだ。トラストルノの外から来た雇われの、その場限りのような工作員は会ったことがあるが…彼女は本物だ。空気が違う。
「少しだけ外に出ます。夕暮れまでには戻りますので…」
ジャックはそう言って部屋を出ると、熱気のこもる通気口を通ってグプタの部屋の覗けるところまで来ていた。
さすがはボス。部屋からの冷気でジャックの汗も一瞬でひいた。むしろ寒いくらいだ。
しかし…あのロシア女はすごいな。顔の表情一つで雰囲気をコロコロと変えてしまった。今はグプタの好きそうな豪奢で華やかな空気を纏って、実に楽しそうに話をしている。
そしてなにより、彼女は……
PEPE東校Sクラスの生徒のはずだ。
あらゆる所へパイプを持つために、あえて東校を選んだのか…真意はともあれ外からやってきてそんなに長期間潜伏し続けるなど至難の技であっただろうに。
しかしもう1人の客人…とは俺のことだろうが、私の息子だと?ふざけるな。
「早速本題なのですが、北地区は地震の影響は無いものの、内部の混乱が酷いもので、支援は限定的なものになってしまうかと…」
「いやいや構わんよ。むしろ少しでもご支援頂けるだけ有難いってものさ。」
「食料と一部医療機器などはすぐに準備が出来るとのことでした。」
「そうか、有難い。実に有難いですよ。ちなみに…北地区はそんなに混乱が酷いのかね?」
「えぇ、中央部ですとか、あとはビジネス特区内での抗議デモが…既に一部が暴徒化している始末でして…」
「なんと…‼︎」
嘘だ。
まるで息をするようにスラスラと嘘をついていく。彼女はどうやら外部からだけでなく北地区とも手を組んでいるらしい。
でなければあんなに大きな嘘はつけまい。しかも支援の話など、嘘ならすぐにばれてしまう。
北地区でデモだの暴動だのは起こっていない。むしろ静かで平和なもんだ、と北地区にいったトランプ構成員が"最後の報告"をしてきた。
エイトとセブンは逃してあげることにした。人質もどうやら一緒に逃げちゃったみたいだが、北地区にいるのでは、こちらも手の出しようが無いしな。
しかしまぁ…彼女は敵に回したく無いな。しかし何日も滞在するとなると会ってしまう可能性が高い。
こっちは本当なら帰りたいんだがな…
「とりあえず部屋に一度案内させるから、少しゆっくりしなさい。夕飯はどうする?部屋に運ばせるか、一緒に食べるかね?」
「では、ご一緒してもよろしいですか?」
夕飯をご一緒させてもらう、と言った時のグプタの嬉しそうな顔ったら。隠す気も無いとは呑気なもんだ。
ティトは部屋に案内されながら思った。
「こちらです。」
「どうもありがとう。」
自然に微笑みながらお礼を言う。この手のタイプの男は無用なキスやスキンシップを嫌がる…と判断し微笑むだけで部屋へと入った。
そうして盗聴器、盗撮器の類を調べ、監視カメラの映像を持ち寄りのデータで上書きする。そして、自動返答装置を設置する。これで誰かが戸を叩いても自動で返答をするし、鍵を閉めている理由も着替えている事にできる。最悪数分を超えて相手が話しかけてくる場合は私に通知がきて、マイクで返答できるようになる仕組みだ。
それから、部屋をスルリと出た。
私達の談話を覗きに来ていた不躾なもう1人の客人に挨拶に伺うのだ。