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トラストルノ  作者: なさぎしょう
花札遊
192/296

天体観測


トラストルノをいくつもの大地震が襲った日。地震は大きいものから小さいものまで、その日1日トラストルノを揺らし続けた。

それでも一つ目ほど大きなものはそれっきり無く、人々は早くも片付けなどを始めた。


冷静でいられたわけではない。

寝るところと、食べ物の確保のために、動かざるをえなかったのだ。


地震のない場所へ逃げようにも、今回被害を殆ど被っていない北地区(ノースヤード)は閉鎖。

どこの抜け道も完璧に塞がれてしまっていて中には入れない。


人々はとりあえず雨風をしのげそうな状態を作ると、そこで夜を迎えるより他に無かった。娯楽処も屋台通りも、今日はざわつきこそあれど、暗く、沈んでいる。


月明かりがその様をぼうっと照らしていた。








PEPEは建物の崩壊や死人こそ出なかったものの、怪我人と物の散乱具合はなかなか酷いものであった。


「とりあえず1週間はこっちにかかりきりになっちゃうな。紅楼の相談役(コンシリエーレ)に一報入れなくちゃ…」


「向こうだって大変だろ。連絡は明日にしとけよ。」


名影と芦屋はPEPE東校(イーストヤード)で1番高い本館教室棟の屋上に登ると、双眼鏡を片手にだだっ広いPEPE敷地内の被害状況を確認する。

ドローンも総動員して設備、校舎の安全性の確認と怪我人の処置等々は調べさせているが、全体を把握するにはやはりどうしても人間自身の目で見ておく必要がある。


この考え方に関しては名影と芦屋の間で意見が一致していた。ドローンの目だけに頼るなんて論外…と。




2人は結局全体の被害状況の把握の他にSOUP本部へのエアスクリーンによる報告、各クラスの級長達への連絡などを屋上で済ませた。

その日やるべき事を全て終えた時には、目線の高さに月が登り、優しく2人を照らしていた。


「あ、すげぇ…名影‼︎上見てみ。」


「?…わぁ、満天じゃん。」


月明かりの及ばない辺りには満天の星空が広がっている。どうやらPEPEが節電も兼ねて早めに消灯したことや、トラストルノのどこもかしこも停電していることによって満天の星空が見えるようになったらしい。


「こんなに綺麗な星空初めて見た…」


名影は空を仰いでしみじみとつぶやく。




ふと、芦屋は名影が居なくなってしまうような、奇妙な感覚を覚えた。しかもそれは、例えばこの屋上から飛び降りてしまうだとか、どこかへ行ってしまう、といったようなことでは無く…存在自体がフッと掻き消されてしまうような感じ。


「名影…さ、お前本当に紅楼に言われた通り…その、戦場に出て行くのか?」


芦屋はなんともやるせない気持ちになり名影に声をかける。


「急に何よ。」


名影は珍しく弱々しい芦屋の声に気づいていないかのように、可笑しそうに聞く。

しかし答える芦屋の声には悲痛ともとれるような必死の思いがひしひしと感ぜられた。


「だってお前…いくら指揮する立場ったって死ぬかもしれないし、なにより…指揮するってことは…兵士とかを、その…」


芦屋はこの発言が今後の名影を非難する事になりそうで最後まで言えずに黙ってしまう。

名影はその様を見て一つため息をつくと、芦屋の腰掛けているコンクリートのブロックに一緒に腰掛けた。


「"死にに行け"って言うのよ。だって私がどれだけ素敵な作戦を思いついた所で、人間の兵隊が戦地に向かう以上、死者が出ないなんてことはない。ドローンをやるわけにも行かない、といって勝手に私の判断で戦争をやめるわけにもいかない……」


名影は腰掛けたまま上半身を後ろに投げ出し、寝転がった状態で真上の星々を仰ぐ。


「そりゃ死にたくはないし、他人に"死ね"と言いたくもない。でもね、世の中には適材適所(・・・・)ってあると思うのよ。ナギにクローンだって言われた時はそれなりのショックもあったけど、ある意味私はなるべくして首席なって、そのために作り生まれたのかと思うとね…でもってそれなら、軍隊を指揮するのだって…適材適所、じゃん?」


「それは…‼︎違う…だろ…」


芦屋は思わず語気を荒げる。

それでも名影はニコニコとしている。


「すっげぇ星綺麗だよ。」


芦屋も名影の横に寝転がる。


「なぁ…俺ってそんなに頼りないか?」


芦屋の声はもう泣きそうに聞こえた。




「そうだね。背中は預けられないかな…でもね、これも適材適所じゃない?背中は預けられないけれど、横にいてくれれば安心するし、やっぱり芦屋が次席で良かったとは思うもの。でも…それは必ずしも戦場とかの実戦で背を預けられるかどうかとはイコールじゃないんだよ。」


「じゃあ背中を預けられるのって…?」


名影はしばし考えてから答える。


「やっぱり潤かなぁ。」




芦屋はそれを聞くと、悔しそうに悲しそうに顔を歪めた。そして思い切ったように口を開いた。


「名影…」


「うん?」






「俺は…お前が好きだよ」


「あははっ、うん。そう、ありがとう。」


「おい、割と本気だぞ。」


「知ってる。だからありがとう。」


「でも…真城のほうが好き?」


「うん。」


「そっか…」


こういう時、芦屋はしつこくしない。

それが名影には心地よい。






「そろそろ寮に戻ろうぜ。明日も早い。」


「うん。」


しばらく2人で星を見て、そして芦屋の一声で2人はまたいつもの2人らしく(・・・)話をしながら寮へ戻っていった。


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