自然災害3
名影は芦屋校長の部屋を出ると、その足で名簿の振り分けをしているであろう、Sクラスの寮へ向かった。
ここで、この寮で…生徒が1人死んだ。
でも、そのことは大して公表もされず、なんてことは無いように今だに平然と建物はそびえ、人は利用し続ける。
「はぁ……」
疲れているのか、柄にもなく感傷に浸ってしまっている。
ドドドドドドドッ……
「…?」
名影が奇妙な地鳴りに気づきあたりに視線を走らせた瞬間、地面がふわりと持ち上げられるような衝撃が走った。
かと思うと、今度は地面が激しくスライドし始める。
流石の名影も立っていられず、地面に膝をつく。目の前の寮を見ると、建物がゆっくりとしかし確実に左右に揺られている。
いまにも崩れそうに見えるが、さすがは頑丈な造りらしく倒壊はしない。
「…収まった?」
名影はしばし膝をついたまま大人しくしていたが、揺れが収まったと判断し立ち上がり…かけた。
誰かいる。だれかが見ている。
視線を感じ、寮へもう一度視線を戻した時、その誰かと視線があった。五階だ。作業部屋はここからでは見えない。あそこの部屋は…
「ナギ…?」
名影が呟くと、その人物は笑ったように見えた。実際は表情も何もよく見えなかったが、雰囲気が、笑ったように見えたのだ。
そしてその誰かは笑って、スッと消えた。
「疲れ…てるのかな。」
名影は立ち上がると、服を叩いて、寮に入っていった。
「この作業、あれだな。飽きてくるな。」
「集中力持続出来ねぇ…」
芦屋、ロブ、恩の3人は想像以上に捗らない作業に若干イライラし始めていた。
芦屋に至ってはさっきから数分ごとに意識が別なところへ飛んでいく。
「やべぇ暇だ…いや、暇では無いけど暇だ。」
「ほら、そっち終わらせてよ聖くん。」
なかなか進まない。
コンコン…
「ん?誰か来た?首席かなぁ。」
進まない作業にイライラしていると、部屋の戸が叩かれる音がした。芦屋は我先にと立ち上がると、扉に方に向かう。
「わざわざノックしなくても入ってこいってー………ん?あれ?」
気が紛れたと、普段より幾分テンション高く扉を開くと、そこには首席どころか、誰もいない。
芦屋は廊下に顔を出してキョロキョロして見るが、人っ子ひとりいた気配すらない。
「誰だったー?」
「いや…それが、誰もいねー‼︎」
芦屋は「ホラーかよ」と呟きつつ、扉を閉めて戻ろうとしたが、なんとなく扉から視線、空気を感じてもう一度だけ開いて外を見る。
「まぁ、やっぱりいねぇか。」
二度目の確認を終え、戻ろうとした瞬間。
ドドドドドドドッ…
「ん?なんだこの地鳴り。」
奥からロブの声が聞こえた瞬間後。
ドンッ‼︎
「うわっ‼︎」
「え?地震⁉︎」
「でけぇなっ‼︎」
3人は一様に床に伏せる。奥の2人は咄嗟にテーブルの下へ。
芦屋はその場にしゃがみ上着を脱いで頭の上に被せる。
ガッシャーンッ‼︎
奥からは何かが盛大に割れる音と、2人の「あっぶない‼︎」という声が聞こえてくる。
幸い、芦屋のいる部屋内廊下には何も置かれていないため、何かが割れたり降ってくることはないが、今まで生きてきて、これほど揺れたのは始めてのことで、揺れが収まってからもしばし脱力してしまっていた。
収まってしばらくシーーンと水を打ったように静まり返っていたが、芦屋が2人よりも寸分早く我に帰ると、部屋の奥へと引き返す。
「大丈夫か?」
2人はテーブルの下でなんとか難を逃れたようだ。恩の頬にわずかな切り傷と、ロブの腕にぶつけた跡のようなものは見えるが、全員無事だ。
「平気、へーき。でもびっくりしたね。」
「二十年生きてきて始めてだ。」
「そもそも地震自体無いもんね。」
芦屋はふと、先程まで自分が座っていた辺りに目をやる。
上から落ちてきたと思しきものが散乱している。ちょうどこの部屋の壁が、収納スペースになっていて、そこから大小重軽様々な物が、芦屋の真上に落ちてくる筈だった。
「助け…られたのか?」
先程のノックと視線に、もしかして…
しかしそこで芦屋はかぶりを振ってその考えを打ち消した。そんな非現実的なことを考えるなんて、らしくない。
「とりあえず…部屋片さなきゃね。」
「作業増えたな…」
芦屋はもう一度だけ、扉の方を見つめた。