侵入者 SideS
劇場での公演を終えた演者達の輪から1人外れ、裏口の方へ。そこから左に折れるとトンネルがあり、そのトンネルの壁を梯子伝いにのぼり、天井近くにある天板の1つをコンコンとリズムをつけ何度かノックする。
「お疲れ様。今日の公演はどうだった?」
「上々だ。」
天板を開けたのは白髪に黄金色の瞳の男。さらにその男の後ろに、もう1人の影が写っている。
「シンクとケイトはいつでも一緒ね。」
「うん?あぁ、まぁね。彼は僕のお守りだからさ。」
白い男は可笑しそうに笑ってみせる。後から来た小柄な影は、しかしよく見ると整った顔をした少女だった。特徴的な藍色の瞳と、簪で後ろに結い上げられた綺麗な黒髪、白い肌。
集まった3人は全員がアジア系の面立ちをしている。
「いやぁしかし、標的1人に対して、こちらは3人。平等じゃない気がするよ。」
「あら、向こうは1人じゃないわ。お仲間が10人近くいるもの。」
少女、というには少し暗すぎる印象の声音が空気にしっとりと溶け込むように響く。案外見た目よりも年上なのかもしれない。
「君、随分大胆だね。」
少女は上から羽織っていた大きめの黒い外套を脱ぎ、下に着ていた旧日本式の"着物"の帯もスルリと解く。
しかしそれではだけてしまう訳ではなく、中に黒いぴったりとしたサバイバルスーツを着込んでいる。
スーツのおかげで幾分かマシになっているが、実際は相当細身なのだろう。
「これがジェスターのだ。」
黒髪の男が少女に紺色のアタッシュケースを投げ渡す。
それを少女は器用にキャッチし、中身を確認する。
まずは2つのベルトを身体につける。1つは腰に、1つはサスペンダーのように取り付ける。
今度はそこに小銃やナイフを仕込む。
「これも持ってきた。」
白い男が布に包まれた長物を少女に渡す。
「ありがとう。」
「いいえ、どういたしまして。ジェスターといえばやっぱりその日本刀だよね。旧日本の武士が使ってたんだろう?」
「えぇ。今でも物好きな職業暗殺者や、護衛官なんかは使ってるけどね。」
「しかし刀鍛冶自体が珍しいじゃないか。」
「私は知人に頼んでるの。これも、これもモデルにしてる刀があるのよ。」
そう言うと、少女は布をほどき中から三本の刀をだして腰のベルトに器用につけていく。
「動きづらくないの?」
「平気よ、慣れてるし。」
白い男は刀に興味津々だ。
「おい、お前の」
今度は白地に黒線の長方形のアタッシュケースが白い男に渡される。白い男はそれを開けることはせずに、そのまま肩にかける。
黒髪の男は黒地に白線のアタッシュケース内から小型のナイフ数本と小型銃を取り出し腰や胸元のホルスターに収める。
「確認だ。まずは俺が10通路から内部に侵入、ゲート及びその他セキュリティを15秒だけ無効にする。その間にケイトとジェスターは内部に表から入る。監視カメラの位置は一応把握しておけよ。」
「大丈夫だよ。」
「問題ない。」
「そして内部に入ったら、ケイトはA内に入り屋上へ、そこで万が一に備え待機だ。ただし長時間の同所滞在は危険だ、20分経ったら10通路に来い。そこでさらに20分、俺とケイトは待機する。」
「OK」
「つまり私は40分…いや35分でケリをつけてくればいいのね。」
「あぁ、ただし何かあって助けが必要な場合などは遠慮なく連絡してくれ。もし連絡がなく40分経っても来なければ俺らは…お前を置いてハートの牙城を出る。」
「スペードに勝利を‼︎ってね。きっとジェスターならそう時間を掛けずに戻ってこられるんじゃない?」
「油断は禁物だ。」
黒髪の男は懐から写真を取り出す。
「対象は人造人間ではなく写しだ。こいつはダイヤの施設から逃げ出したらしい。俺らが狙うべきはこいつ自身ではなく、こいつの身体のどこかにあるであろう鍵だ。」
「おそらくはバーコードか何かだと思う。」
少女はまた上から外套を羽織りつつ進言する。
「なら皮膚を切り取ってこの箱にいれてくれ。綺麗な状態で持ち帰ることが出来る。」
「了解。」
男達も上から黒い外套を羽織り、全員がフードをかぶって荷物を持ち歩き出す。
3人の影はトンネルの上の通路、奥深く、暗闇の中にきえていった。