死の吐息3
Eの部屋から溢れ出てくる空気は、不思議とさらりとしていて、少しひんやりと心地いい。
しかしその空気が博士達の肌に触れた途端に、肌が崩れ、溶けて、消えていく。人間そのものが、物理的に瓦解していく様を見るのは、別に始めてではない…がやはり何度見ても、命が消えていく瞬間を見るのは快いものではない。
「た…助けてくれ‼︎」
1人はクロエにすがり、残りはその場にうずくまったり、あるいは防護服を着た下級構成員の方へ向かおうとする。
しかし靴で見えないが足先も壊れはじめているのだろう、動きは途中で無様なのたうちに変わった。
「Eが何年も閉じ込められてきた部屋ですもの、そりゃあEの呼気も多く含まれていることでしょう。」
万が一、Eが逃走してしまった時でも、"愛するクロエ"は生きていてくれるようにと、イヴァン・ディモンドが研究に研究を重ねた結果生み出された"小さな怪物"は、ただ呼吸をするだけで、人々を死に至らしめる…にも関わらず普段被差別者であるところの灰眼種だけは、一切この死の吐息が効かないという魔法のような"生物兵器"となっていた。
彼は決して狂人ではない。
本当はそもそもこんな"生物兵器"なんて作ること自体に、至極反対していたのだが、そんな彼にTITUSのお偉い方はあらゆる脅しをきかし、屈服させた。
あのディモンド博士のお孫さんなのだから何か功績を残せだなんて馬鹿馬鹿しい。
クロエを脅しに使ったことも知っている。
結果として、その死の吐息を持つ奇妙な少年兵器を作り終えてすぐ、イヴァン・ディモンドは倒れた。
意識があるのかないのかすら判断できないような状態になってしまった。
優秀な若手博士の未来を奪ってまで作り上げたのは大量殺戮兵器だ。
しかも自分達で管理できもしない。
クロエは自分が自暴自棄で愚かなことをしていることも十分に分かっていた。それでも…何かせずにはいられなかった。
しばらくすると、博士達は衣服のみを残して完全に消えた。僅かばかり、ドロリとした何か、が床に残ってはいたが、後は蒸発してしまったかのように何も残らない。
「…っひ‼︎」
防護服の構成員達はクロエと、そして博士達だった衣服の残骸を恐怖の面持ちで見る。
「あなた達はおそらく防護服で守られているし大丈夫よ。扉が開いたら、除染員達なんかに助けてもらいなさい。」
クロエはそう言うと、飛び上がって器用に天井の通気口にぶら下がり、通気口を開けて中に滑り込む。
通気口内も防護壁が閉まっているが、開けられない訳ではない。開けるたびに閉めるを繰り返しつつ進んでいき、自分の研究室まで一旦戻れば、手製の強力な除染液がある。
それで除染をし、イヴァンの病室へ向かうのだ。
Eの部屋の監視カメラは残念ながらまともに作動していなかった。
他の施設員がクロエの裏切りに気づく頃には、もう彼女も、そしてイヴァン・ディモンド博士もいないだろう。
ここまでしておいて、自分は逃げてしまう。
それでもクロエは人類の平和を願わない訳ではない。
と同時に、Eと逃走した2人の身も案じた。