戦闘訓練 傍観
このクラスの子達は本当に強い。
少なくとも他のクラスの同級生達よりは、はるかに強いはずだ。
神代輪廻はいつも観察室から5つの部屋を一望している。未来を担う若者達に怪我でもあったら大変なので見守る、というのが神代に任された名目だが、神代自身は彼等がちょっとやそっとの事で怪我をするとは思えなかった。
神代輪廻自身も元々Sクラスだった。
しかし入ってすぐに、Sクラスが嫌になった。クラスメイト達や先生は別に嫌いじゃない、校舎や寮だって申し分ない。
…ただ、空気が嫌だった。
周りから、こちらへ流されてくる空気が尊敬や畏怖なんてものだったらまだ良い。憐憫や苦悶の空気が時折混じってくるのに耐えられなかった。
Sクラスに行けば、人生は薔薇色で、安心安全な一生を手にすることができる…なんて夢幻だ。
実際は雁字搦めになるだけ。
進路も生き方も決められてしまう。
安心安全な一生なんて無い。
一生危険と隣り合わせだ。それはトラストルノに住む全ての人が、いやトラストルノの外の人だって同じだろうが…Sクラスの人間は、"自分自身が"明確に標的にされる可能性が高い。
だからSクラスを辞めた。ただでは辞められない、SOUPとの繋がりなどの秘密について知ってしまっている以上、Sクラスという括りから完全には逃れられない。
結局のところPEPEで働くことを条件にSクラスを辞退させてもらった。残りの年月、Aクラスで過ごした時間は本当にのびのびできる楽しい時間だった。
そして今、自分は彼等をSクラスに縛り付ける側の1人になってしまっている。
ただ、戦闘訓練を見ていて、思ったことがある。大概は自分と同じような悩みがあるだろうと思えるのだが…"名影零"。彼女だけは自分と同じ、だなんて思えない。とても信じられない。
人じゃない…ように思えるのだ。
神代輪廻がSクラスの副担任になったのは2年前だ。それまではPEPEの別の部署で仕事をしていた。
2年前、Sクラスの代表として名影と芦屋が挨拶に来た。
「はじめまして。Sクラスで首席を務めさせていただいております、名影零です。よろしくお願いします。」
「同じく次席の芦屋聖です。よろしくお願いします。」
無機質に触れているかのようだ。
2人の声には抑揚があるし、顔には笑顔もあるのに…何故か固く動かないものに触れた気がした。
冷たい、とも形容しがたい感触に。
「えぇ、よろしく。」
いまここからそれぞれの部屋を見ていてもそうだ。名影の動きはまるで緻密に計算された舞いのようで、それでいて不規則な気もする。まるで相手の一挙手一投足が先に視えているかのようにかわす。
一緒に組んでいる伏は幼等科の頃から戦闘訓練の成績がずば抜けて良い。それでもなお、一手及ばず…といった感じだ。
私なんかじゃ歯も立たないだろうな…
元々、頭でSクラス入りを果たした神代は、そもそも戦闘訓練があまり得意な方ではない。
知力体力共に勝る名影に憧れや嫉妬があるから、もしかしたら変な風に見えるのかもしれない。
名影と伏のところは勝負がついたようだ。名影の鮮やかな勝利。
他のところもぼちぼち終わってきている。
このクラスの子達の、確実に相手を捕らえた時の目は、年不相応な鋭さを持っている。鬼とも怪物とも見える。
どうか、この子達が何事もなく、ただ普通の人として卒業出来ますように。
そしてあわよくば…自分の進みたい道を選べますように。
なんて都合が良すぎるだろうか。