コンテナ戦地 3
頭上にわずかな衣擦れの音がする。1人…のようだ。でも向こうの物陰にあと2人いる。
単体でバラバラの攻撃、という選択は俺からすると有難い。対1人の接近戦は俺のもっとも得意とするところだ。
手元にこっそりと持った鏡で頭上の動きを確認し、ここぞというタイミングで、鉤爪付きのワイヤをコンテナの側面に投げ、身体を思い切り浮かせる。
そのまま器用にワイヤーの軌道に身体を乗せて、相手の背後に静かに降り立つ。"音も無く"と過剰な自信を持たないこと。常に相手が上手であると仮定すること。
「へぇ、女の子じゃん。」
学生とは思えないプロポーションの美人が、驚愕の目で見つめてくる。旧ロシア系の顔立ちで華がある。
「でもっ‼︎」
ごめんね‼︎、と心の中で一応謝罪しつつ、ロシア美女をコンテナから蹴落とした。
しかしさすがというべきか、上手く態勢を整え着地する。
「君は…あぁ‼︎ティト・コルチコフだ‼︎」
クラス最年長の20歳。資料でのランクとしては"要注意"レベルだったが、なかなか手強そうだ。あの隠れてる2人は誰だろう。
首席さんがいらっしゃったらまずいな。
ジャックは他の2人が出てくるのを構えて待った。
マジか…容赦無く蹴落としやがった。
しかもすごいスピードで、反応していた。さすがは戦闘のプロといったところか…
ティトは奇襲や援護は得意だが、長期の接近戦は苦手なはずだ。アレイは手先が器用な分間合いに入ると接近戦にも強い。ただあくまで間合いに入れればの話だが。
となるとこの場で1番ベストなのは俺か?
「くそっ‼︎」
芦屋は猫っ毛男-西校からの情報が正しければ"ジャック"のはるか頭上めがけて投擲ナイフを振り投げる。普段から特殊な鍛え方をしている芦屋でなければここまで正確な位置に投げられない。
投げたナイフはクルリと刃を下へ向けると、急転直下、ジャックめがけて落ちていく。
ジャックは辛うじてそれを避けたが、その瞬間ティトから視線が外れた。
ガンッ、ガンッ‼︎
ティトは隠し持っていた小銃で相手の脚を狙う。
「得意なものをそれぞれが、もちろん自分自身も活かせる闘い方を考えるんだよ。"勝つこと"よりも"いかにして勝つこと"が大事か考えろ。」
昔、兄から教わったこと、それが急にふと頭をよぎった。
今、現時点の判断としては、相手はたった2人である可能性が高い。でなければ今頃助けに入っている筈だ。
それなら、向こうで待機している伏組も読んだ方が得策ではないか?向うには近距離を得意とする真城とシヨンがいる。相手の出方や人数がわかった今、下手に後方に精鋭を控えさせておくのが最善とは思えない。
舞人だけを残し、他をこちらに呼ぶか…
「考え事かよ⁉︎」
「聖くんっ‼︎」
相手の持った武器が鼻先を掠める。咄嗟に頭をそらしていなければ首が取れていただろう。
チェーンソー…やっぱりこいつが"切り裂き魔"だ‼︎
事前の調べによると、こいつだけが写真こそ無いものの、特徴などかなりの情報が巷に流れていた。さしずめトランプの顔役なのだろう。
茶の猫っ毛に、ひとなつっこい笑顔とえくぼ、なにより印象的な、左右非対称の瞳。桃色の左目と、茶の右目。
「君はデカすぎる、女王の好きなタイプじゃない…ちょっと道を譲ってくれよ。」
淡々と述べながら、ジャックはチェーンソーを振り下ろし振り下ろし迫ってくる。
「タイプじゃない…か、そりゃ結構でして‼︎アレイ‼︎紫と黄色とオレンジ‼︎硝煙弾あげろ‼︎」
アレイは突然叫ばれ一瞬戸惑ったが、すぐに硝煙をあげる。
これで舞人以外はこちらに駆けつけてくれる筈だ。芦屋はナイフを投げつけつつ、チェーンソーをかわし、ジャックに意識を集中させる。一瞬でも隙を見つければ殺される…初めて経験する…本物の恐怖。
本物の戦闘だ。