戦闘訓練 芦屋vsナギ
まったく…嫌な奴と組まされたもんだ。
ナイフ、と一纏めに呼んでしまえば、2人の武器は同じだ。ただ、使い方が全く違う。
かたや投擲用の細身で軽いナイフ、かたや手持ちで重めのナイフ。どちらも当然訓練では切れないようなものを使ってはいるが、互いに容赦なく投げつけ、斬りつけするので、正直当たった場所が痛い。
それから、ナギとやるとなにが嫌って、空気が嫌なのだ。張り詰めてはいるが、それが緩む瞬間もより張り詰める瞬間もない。ずっと一定で保たれる。
だから攻撃の繰り出される一瞬を見極め辛い。さらに2人とも無言なので、言葉の抑揚などから計るわけにもいかない。
ビュッ‼︎ ガキンッ‼︎ ヒュッ
2人の静かな呼吸と、ナイフの空気を切る音、ぶつかり合う音しか聞こえない。
芦屋もナギの顔が見てみたい。声も聞いてみたい。
髪の間からわずかに見える瞳は紺色で、名影と同じだから、きっと旧日系なんだろう。
ヒュンッ
芦屋の投げた投擲ナイフがナギの顔のスレスレを飛んでいく。先程からナギは必要最低限の動きでナイフをかわしていく。悔しいが、軌道を読まれているのだ。
それでも、ナギには芦屋のナイフから移った赤色が所々にある。
…もっとも、芦屋にはそれ以上の赤いラインがついているのだが。
「なぁ、マスク取れば?」
前に一度、そう聞いてみたことがある。しかし、首を横に振っただけで、取らない理由についても聞けなかった。
クラスに特別馴染んでもいないが、溶け込んでいる感じはある。近くも遠くもない距離感を常に保っていて、やるべき事はしっかりやるし、以前Sクラス寮の広間でお菓子パーティーを開いた時も、ティトが声をかけたところ、しっかり来ていた。
入ってすぐの頃の名影に少し雰囲気が似ている。と伏ともよく話していた。ナギと名影はどことなく似ているところがあるような気がするのだ。
顔も案外似ていたりして…なんて話もした気がする。
音もなく跳躍して間合いを詰め、振りかぶらず手首のスナップで上手く相手の懐に斬り込む。
別格の名影と伏はともかくとして、ナギは相当強いと思う。意外に名影と伏にも勝てるのではないだろうか。
そういえば、ナギがあの2人とやっているところを見た事がない。遠慮でもしているのか…?
「…っ‼︎」
また一気に間合いを詰めてきたナギに対し、芦屋はナイフを投げる。今度は肩もとに当たった。
それでもナギは突っ込んでくる。
結構な力で当たっているはずなのに、ナギはちっとも引かず、それどころか痛そうな素振りすらしない。
「くそっ…」
また腹の辺りをやられるかと、身体を前屈させると、待ってましたとばかりに眼前にナイフの切っ先が迫ってくる。
寸でのところでかわすも、体勢を崩す。
そこをナギが見逃すはずがなかった。
タンッ…ヒュッ
すごい勢いで身体を浮かせ、芦屋の上をいったかと思うと、あっという間に着地し身体を密着させたまま、背後から腕と首元をとられた。
喉元に擬似ナイフ独特の冷たさとインクのぬるっとした感触が伝わってくる。
身長差のせいで芦屋は後ろに引っ張られ、膝をついて仰け反るような体勢になってしまい、その拘束から逃れることも出来そうになかった。
しかしブザーはならない。ナギがそのまま首元を斬る動作をしないからだ。
仕方がない。
「ギブ…俺の負けだ。」
そう言うと、芦屋側にばつが描かれる。
ナギは即座にすっと音もなく離れ、お辞儀をして部屋を出て行った。