歪さ
「俺の個人情報っても名前とか誕生日とかぐらいしか教えることないんだよなー…俺親いないし。」
「は?PEPEの上位クラスに入ってるのに?」
「別にPEPEはそれなりの学があれば入れるし。ただその学ってのが、やっぱりそれなりの家の子の方が圧倒的に得られる余裕があるから多いってだけ。」
「へぇ…」
ジャックにとって"学校"というのは未知の空間だ。トランプ内にはPEPEに行ったことのあるやつもいるが、ジャックにとって母親が先生で、ここまでの知識や生きる術の全ては幼少の頃の母の教育によるものだ。
だから、というわけではないし、あくまで偏見なのだが、学校に行っている人間はみんなある程度家族にもお金や地位にも恵まれていて幸せな人達。という先入観があった。
「なんでPEPEに入ろうと思った?」
「うーん…まぁ好きな本があってさ、それを読んでいたら、"知る"とか"考える"ってすごく大切なことだなって思ったんだよね。それで学校ってのに通ってもいいかなと思った。で、トラストルノでちゃんと学校として成り立ってるのはPEPEだけだったから入った。」
「へぇ、好きな本ってのは?」
「『1984』知ってる?」
「あぁ、もちろん。George Orwellの作品だろ。」
「そ、それ。」
「なんか意外だな…もっと風変わりな本を読むタイプかと思った。」
「今のご時世どんな書籍を読んでたって変わりもんだろ。だいたいそんなこと言ったらあんたの方がキャラ変わりすぎてこえぇよ。」
SOUP本部で対峙した時はもっと逸脱した人間に見えたのに。今は落ち着いた知的な好青年、といった感じだ。
「あぁ、なんか戦闘の前線に立たされると興奮してくるんだよね。あぁもちろん変な意味ではなくね?」
立たされる…ね。
「それって恐怖で気が動転してんじゃないの?」
「うん、かもね。…ってか君の自己紹介だろう?他には何か無いのか。」
気づけばこちらの話にすり替わっている。
慌てて軌道修正すると、カルマはまたうーんと悩みはじめた。本当に自分について言うことがない。
「あ、本名と誕生日…とか?」
「どうぞ。」
手で促すと、カルマは頰を掻きながら
「たぶん…多分だけどカルマ・スキャター…だと思う。誕生日も適当なんだけど一応9月11日。まぁトラストルノで誕生日…だなんてあってないようなものだけどさ。」
世界共通…という意識のないトラストルノでは確かに決まった月日や時間はあってないようなものだが。
それにしても、普通ここまで自分のことがわからなくなるものか?
「OK、もっと確かなものの話をしよう。そんな曖昧なものではなくって……そうだな、恋人は?」
「いきなり踏み込むね‼︎いない…残念ながら。」
「親がいないのは分かった、育ての親もいないのか?」
「いないね。」
いない?育ての親もいないなんてあり得るのか?
「じゃあ小さい頃はどうやって過ごした?」
「ふふっ…あんたって結構坊ちゃんなんだな。」
カルマは何が可笑しいのかしばらくクスクス笑い、それから口を開いた。
「トラストルノには親も親戚も、見知った大人がいない子供なんてごまんといる。別に珍しかない。どうやって過ごしたか?やることなんていっぱいさ。」
カルマは屈託なく笑いながら、懐かしむように幼少の頃を語る。
「朝早く起きて、ゴミが焼却される前に残飯や使えそうなものを拾うだろ。それで人目につかないところにいって朝飯。無法地帯は危険だが宝の山だ。」
ジャックは目の前の中性的で小綺麗な少年からは想像もつかない1日の始まりに驚嘆してしまう。
「そうしたら今度は代理戦争組織の車なんかを追って、その日の戦場になる場所まで行く。そしたら死地を潜り抜けつつ、死体から服や金品をもらう。これはとてもスリル、なんて言葉には収まらなかったね。死という死が迫ってくるのさ。」
戦地の様子はジャックも見たことがあるが、そこに飛び込もうなどとは思わない。そこでは動くものは皆敵なのだ。
「激戦地に行けば行くほど死体が増えるだろ?すると手に入る代物も増えていく、し案外高価値なものも手に入る。」
「死体を求めて、わざわざ激戦地へ?」
「そりゃもちろん。生きるためだ。それから…」
死地を潜り抜け夕方になると街に戻ってくる。孤児たちには孤児たち同士のコミュニティがままあったのだが、毎日夕方になると仲間が4〜5人、多い時は10人以上減った。
でもそれを、特別悲しむ子はいなかった。
慣れすぎてしまって、死が日常になっていた。
「今日はこれだけか…じゃあ俺あっちでチキンカツと替えてくる‼︎」
物々交換のトラストルノではわざわざ金銭に変えなくて良いのが利点だ。死体のものだ、ということを気にする人も少ないため、物さえ持っていれば食べ物と交換してくれる。
この時、ちゃんと持っている品物の現在価値を理解していないといけない。
でないと損をしてしまう。価値の分からない孤児から騙し盗ろうという輩も多くいるからだ。
夜は1番大変で、暑い盛りには極力涼しく、虫の類が少ないところを。寒い時期には極力暖かく、害獣の類が少ないところを。
さらに人攫いやその手の諸々からも見つかり辛い場所で無ければならない。そのため何人かでまとまって寝て、交代で起きて見張っていたりすることもあった。
「で、その時にようやっと暇が出来るから本を読んだり、勉学に励んだりするわけさ。たまたま近くに"紙の本"が捨てられてる穴場があったのが幸いだったな。」
「でも…そこにいた連中から離れるのに名残惜しさ、とかは無かったのか?」
「無いさ。あるわけないだろ?そりゃまぁ家族みたいだと思ってはいたが、その生活が良いものだったとは言い難い。今となってはまぁそれも人生の糧にしたい、とか思っていられるわけだけど。」
別段、ジャックが恵まれていた訳では無い。といって、カルマのような生き方も特別珍しい訳でもない。
拐かしてきた少年から、思わぬトラストルノの現状を教えられた。それだって、きっと実際は聞き手が思い浮かべるよりももっと壮絶なものだったので、分かったような気になって良いものではないのだろう。
「他に聞きたいことある?」
カルマはもうすっかり友人と話しているような気分になって、くつろぎながらニコニコとしている。対してジャックの方はなんとなく気分が重い。
「…じゃあ、そうだな、君の友人について聞いても?」
「それは俺が勝手に答えていいものかどうか。まぁ答えられる範囲でって感じになるけど。」
「構わない。君の他にいた3人とは仲良いのか?」
「さぁ…どうなんでしょうね。」
カルマはうーんと首をひねる。
「俺はあれはあれで仲良いと思ってますよ。ただそれはあくまで俺はって話で、フィルやアリスは俺のこと苦手なんじゃないかなー。」
書類で見た情報に照らせば、フィルはおそらく首席、アリスが次席で今回唯一の女子だったと思う。
「あの2人は若干差別意識があるからね。」
あぁ西は確か、他の東南北よりも差別などが多いと聞く。それだけ様々な人間がいる、ということの裏返しでもあるのだが。
「具体的にはどういった差別だ?」
「まぁ俺は当然、孤児でまともな生活を送ってこなかったことに対する差別だろうね。もう1人、少し東寄りの顔した奴いたろ?彼はね…カンパニー系の人間だから差別されてるのさ。これは結構良い情報?」
いや、生憎カンパニー系の生徒がいることは調査済みだが…しかしそこでも差別対象になりうるとは、いよいよPEPEにしろSOUPにしろ退廃が見られるのではないか?
「でも基本、3人とも良い奴だよ。」
カルマは言い切ると、ジャックの方を見る。
「そういや、あんたは友達いるの?」
「失礼だな。なんだそのいなそう…みたいな言い方は。いるよ、1人だけだけど…」
「へぇ、1人とずっと仲良しでいるってのも良いよなぁ。それって親友?」
「さぁ、そんなの考えたことない。」
親友…というよりは良き理解者といった感じか。ジャックがまともにつるめるのはテンだけ。
「もう質問がないならさ、今度はそっちが教えてよ。女王と息子のお話をさ‼︎」
別に、教えたところで大した情報にはなるまい。しかし、そんなに聞いて楽しい話でもないぞ…?