優しさ
「ただいま…。」
夜になってジャックが客人の世話役を代わってくれた。わざわざ「夕飯に食べなよ。」とB特区名物のアレコレをきちんと1つずつ買い持って。
エイトと同居する友人は極度に人間関係を築くのに難がある。たぶん、一種の精神病なのだろうけど…とにかくそれのせいで食べ物も食べれるものが少ない。
目の前でエイトが作ったものか、1つを2人で半分にしたものだけ。
「何見てるの?」
いつもなら玄関にトトッと走ってきてくれるのに、今日はお出迎えがない。友人のセブンは窓辺に座ってベッドの方を見ている。
とは言ってもフードを目深に被っているせいで、実際視線がどこに向いているのかは分からないのだが。
「ナナ?何見てるの?」
ナナ。と呼ぶのはエイトだけ。
他はセブンか7番と呼ぶ。エイトだけが本名にも掛けて"ナナ"と呼んでいるのだ。
「寝顔…見てる…」
ふっと微笑みながらナナはベッドを見つめ続ける。
…あぁ、いつものだな。
ナナには幻聴幻覚が見え、聞こえている。それはすべて2年前の事件の時に亡くなった姉の幻だ。
この瞬間を目の当たりにするたびにエイトは消えてしまいたくなる。今死ぬことが出来たなら、どれだけ楽だろうかと本気で考える。
あの日はエイトがナナとその姉の家に転がりこんでちょうど5年目の日で、エイトはわざわざ仕事の帰りに花束にケーキまで買い込んで家路についていた。
ケーキはエイトとナナの2人から、姉に日頃の感謝を込めて。
花束は、エイトからの…告白用。
前日の夜には告白する張本人のエイト以上にナナの方が張り切ってしまって、花言葉が云々、渡す時の言葉は云々と語っていた。
答えは誰の目から見ても明らか。間違いなく告白の答えは「よろしく」以外あり得ないのだが、それでもちゃんとしっかり告白したかった。
気恥ずかしさはそりゃあるけども。
3人の家が近づいてきた時、エイトの前に人だかりが立ち塞がった。
その人だかりの向こう側から見えたのは…
轟々と燃え盛る炎。
あの日の全情景が鮮明に脳裏に浮かんでくる。あの後、ナナの叫び声が聞こえて、燃え盛る家に飛び込んだ……2人とも、助け出せると思っていたのだ。
「ナナ、ご飯食べよう…」
ナナは真っ黒な瞳でキョトンとエイトを見上げ、それから「うん」と言うと、服の裾をきゅっと握りエイトについて来る。
このこじんまりした家は女王がプレゼントしてくれたものだ。なかなか住み心地がいい。
キッチンにトイレ、風呂、リビングと寝室1つ、それから物置。一階建ての小さな家は、しかし2人にとっては十分過ぎる豪邸だった。
「ジャックがくれたんだ。」
「うん…」
エイトはわざと切らずにそのまま齧り付き、そして食べかけの状態を皿におき、ナナの方に出す。
するとナナはほっとしたように口をつける。
「おいしい?」
ナナはこくこくと頷く。
「じゃあ美味しかったってジャックに伝えとくな。」
ナナは他人と会話ができない。目も合わせられない。だからトランプのメンバーとの会話もエイトを必ず間に挟んで、になってしまう。
別にそれを億劫だと思ったことはないし、むしろちょっとした優越感すらある。ただその優越感が醜い…
『おいしそうね』
エイトはハッとする。
最近…エイト自身にも見えたり聞こえたりするのだ。
これは幻影だ…幻影…惑わされるな…
俺がしっかりしなくちゃ…
ご飯を食べ終え、風呂に入る。そしてベッドまで行き並んで眠る…。明日はまた、世話係の仕事がある。
ジャックからはよくよく注意しておけ、と言われた。なんとなく不穏な空気は感じている。それでも挫けるわけにはいかない…俺にはナナもいるんだから。
「…ん?」
「エイト…」
ナナはエイトの方へ顔を向けると、ふわっと微笑む。
「Good dreams.(いい夢を)」