同世代
目が覚めてグラグラする頭を押さえつつ、辺りを見回す。昨日寝付く前には治まりかけていた体の不調がぶり返している。
挙句窓がないせいで今が何時で、ここがどこなのかなんの当てもない。
「起きたか。」
おや、昨日の美人さんじゃない。
おちゃらけてみせた筈の言葉は、音にならずに頭の中を虚しく反響した。声を出すのさえ、こんなにしんどいと思ったことはない。
「身体、しんどいだろ。とりあえずコレ塗っとけば良いらしいから。ちなみに昨日の美人は急用だ。」
あれ、なんか不満でも顔に出てたろうか?正直昨日の美人じゃなくてよかった。少し不気味なんだもの。
"昨日"と言っていたことから推測するに、今日はもう日付けが変わっているのか。
カルマは自分の手足をとり、丁寧にしかし手早く塗布薬をつけていく少年を感心の眼差しで見つめた。
年はかなり同じくらいだろうか。すらりと長い手足に、切れ長の眼、薄めの唇に程よく鍛えられた全身…下世話な言い方をすれば。いかにも女性からモテそうなタイプ。
旧東アジア…朝鮮系かな。
全身の怠さが和らぐにつれて明瞭になる頭であれこれ考える。元来、人間観察が楽しくて仕方がない…もう癖だ。
「ジロジロ見るなよ。」
少年が視線に気づき、不快そうに眉をひそめて言う。
「ごめん、ごめん。なんか介抱が手馴れてるなーと思って。」
「まぁそりゃ毎日やってるしな。」
「え?」
まさか返答が返ってくると思わず聞き返してしまった。少年は薬の瓶を閉め、今度は全身測定器と呼ばれる箱型の機械を持ってくる。
「どなたの…介抱をしているの?」
「……友達。」
カルマは有利になる情報を得ようとかそんなこととは関係なく、彼の事をもっと知りたいと思った。ただの興味として、知りたい。
「友達…そうなんだ。あ、名前は?俺はカルマ。」
「いきなり名乗るとか無用心だぞ。まぁいいや、俺はエイト。」
「8番目のカードか‼︎」
カルマはトランプの面々がカードの名称で呼び合い名乗っていることをとっくに気付いていた。
「そっ、8番目。」
彼は小さい子供にするかのように、言葉を優しく繰り返しつつ、全身測定器のパッドやコードをカルマの身体にテキパキと付けていく。
そして付けたそばから測定器は体温や血圧などを計っていく。
「異常なし、異常なし、体温高め…」
その友達さんを介抱する時の癖なのだろうか。彼は声に出して確認しながら測定結果を見ていく。
「おい、どっか取り立てて悪いとかないか?悪寒、吐き気、目眩…なんでもいい。」
「うーん…強いて言うなら、ちょっと全身が重い。もっと身体を動かしたい。」
カルマが思ったままを告げると、少年はしばし黙り込み、それからまたカルマを見て手を差し出してきた。
「身体を動かすってもストレッチくらいしか出来ないが、動かさないよりはマシだろう。」
予想以上に献身的な彼の姿勢に面食らいながらも、カルマはエイトの手を取りベッドを降りた。
「んじゃこっちに座ってくれ。」
「はーい。」
ふわふわすべすべの毛足の長いカーペットの上に座ると、彼式のストレッチが始まった。ストレッチと聞いて思い浮かぶ定番のものから、彼自身が考えたのであろうオリジナル応用のストレッチまで様々。
これがかなり効く。
おそらくほぼ丸々1日、風呂とわずかな移動以外動かさなかった身体が解れ、温まり、全身の重みも取れていく。
「君すごいな。これもいつも友達にやってるの?」
「友達のために調べて勉強したんだ。」
今時、自分から進んで調べ、学ぼうとするなんて珍しい。これは存外馬が合うかもしれない。
「勉強が好きなの?」
「いや、別に?」
「じゃあ全ては友達のため?」
「ためってか、当たり前のことをしてるだけだ。」
エイトは特になんの感慨も無さそうに素っ気なく答える。
「その友達とは小さい頃からの付き合い?」
「あぁ、物心ついた頃にはもう側にいたな。」
「いいなぁー…俺、大体学校入ってようやく出来たって感じでさ。」
「あ、そう。」
「君はつまりあれだろ?トランプの一員なわけだろ?ご両親は?」
「さぁ…親って物自体会ったことないからな。」
なんと、ひょんなところに共通点発見。
「俺も両親共いない。会ったことない。」
エイトはさほど興味が無いらしく、反応が薄い。
じーっと反応をうかがっていると、1つの本当に取り留めもない疑問が湧いてきた。
「ねぇ、ところでしょーもない質問なんだけどもさ。彼女とかいるの?」
その質問を投げかけた瞬間、彼の表情に変化が現れた。ただ照れとか緩むといった反応では無い。
苦悶。
まさしくその言葉がはまる。
「なんで?」
「え、いや…君はモテるんじゃないかと…」
「別にモテねぇよ。」
「あ…そう。」
どうやら地雷を踏み抜いたようだ。
恋人の話をしたくないことと、介抱されてる友人は関係あるのだろうか。友人のことについて聞くのはまずいだろうか。
彼から感ぜられる憂い、諦念。そういったものは恋人との"何か"からきてるのか?
「友達…は、その…君と同い年?」
「あぁ。」
「ふーん…」
そこで会話が途切れてしまった。
エイトは相変わらずテキパキと作業をする。ストレッチを終えるとソファにカルマを座らせ、ささっと軽食を作り、カルマの前のテーブルに置く。
手際が良すぎて同じくらいの年の少年とは思えない。こんなに出来が良い人が側にいるなんて、彼の友人は幸せ者だな。
変な奴だ。
こいつ捕まってる自覚無いのかな?と思ってしまうくらいに能天気な雰囲気を纏う自分と同じくらいの少年をエイトは介抱する羽目になっていた。
本当は片時だって親友の側を離れたくないのに…厄介な仕事を押し付けられた。
「俺も両親共いない。会ったことない。」
ケラケラ可笑しそうにしながらそんなことをひょいひょい喋る。ここまで自ら個人情報を喋る奴ははじめてだ。
鼻筋の通った中性的な美形。
こいつはどこまで自分についてひけらかすんだろう。
静かになってしまった空気を、今度はエイトが破る。
「あんたもモテそうじゃないか。」
「うん?え、そうかな。俺なんか女子に避けられてる気がするんだけど…」
「…あんた変人そうだもんな。」
「いや今モテそうって言わなかったか?」
「顔はな。」
そういうとカルマは自分の顔をぺたぺた触って首を傾げた。
「俺…鏡って見たことないんだよね。」
「…は?」
「だから、俺ってどんな顔でどんな風なのかあんまりちゃんと知らない。」
本当に変な奴…
「あ、ねぇねぇ話変わるんだけど、あの美人さんって女王?」
「だったら?」
「いや、もっとどぎつい人を想像していた。」
「十分あの人はどぎついよ…」
何かこいつに聞いておいた方がいいことはあるだろうか?
「そういやお前らって体内端末仕組んでるってはなしだけど…」
「あぁそれね‼︎
仕組んでないよ。潔癖症だからね。」