レベルE 2
真っ白な部屋の中で、彼は溶け込み、まるで保護色によって擬態しているかのようだった。
閉じられた瞼に揃う睫毛までもが純白で、この世のありとあらゆる不浄から隔離された新生無垢な少年。彼はそのクッションにぎゅっと抱きつきながら眠っているようだ。
「入るか?」
「えぇ。」
入るにはは脇の鉄扉を開け、さらにいくつかの工程を得て行かねばならない。ここでの工程はセキュリティではない。
霧のようなシャワー、強すぎる風…あらゆる外部の汚れを落とすための工程だ。
しかしこれも、2人にとってはもはや無意味極まりない。
彼自身が外に出て仕舞えば、もはやこちらが持ち込まずとも同じことだ。
「開けるわよ。」
これが最後の扉。
「エノラ、起きて。」
部屋に入るなり1人がサッと少年に駆け寄り、その肩を優しく揺する。
「こうやってみると無害なんだけどなー…」
「何言ってんのよ。エノラ自身は無害よ。」
寄り添う少女-アズは絹糸のような白い髪を梳くと、ひたりと頬に手を添えてもう1度優しく起こす。
その様はアズの持つどことなく艶美な雰囲気と相まって、絵になる。
もう1人の男ーシロは思わず息を飲んだ。
「んっんー……ん?」
純白少年ーエノラはもぞもぞと身じろぎした後、ゆっくりと瞼をあげあ。
開かれた瞳に、シロは動けなくなる。恐怖ではない、が背筋がゾッとした。畏怖…かもしれない。
外側から内側に向かって綺麗なグラデーションで表された瞳。あまりにも美しすぎる桃色から、見る者を捕らえ食らってしまいそうにすら思える緋へ。
「ねぇエノラ?私と一緒にお外に出ましょう?」
いや、この子は出してはいけないのではないか?
咄嗟にそんか思いがせり上がってきた。ルールとか、背信行為だとか、そんなことではなくて。その少年があまりにも自分達とは違すぎて、この少年の無垢さを今から壊してしまうのかもしれないことが、とてつもなく恐ろしい。
「お姉ちゃんとお外?」
「そうよ。」
「行く‼︎お外行く‼︎」
エノラはアズの手をとってふんふんと振りながら、ぱぁっと笑う。
それからはっとして横に立つシロを見上げた。防護服を着ていることを除いても、シロは比較的背が高めだ。おまけに唯一まともに少年から見えているであろう目元…シロは目つきもあまり良くない。
怯えさせてしまっただろうか。
「あの…お外に出てもいいんですか?」
少年はおそるおそるといった風に許可を求めてくる。シロは突然自分に許可を求めてきたことに戸惑ってしまう。良いも悪いも…いや本来はダメだ。
しかしそれでも外に出そうと思っているからここまで来たのだ。
シロはコクコクと頷き、それから両手を伸ばして、おいで、と手で招く。
エノラは一瞬躊躇ったが、うんしょっと立ち上がるとその腕の中におさまる。
「よしじゃあ、あっちで着替えて…それで急いで出ましょう。」
隅っこの"死角"まで移動すると、そこである人お手製の薄いシートのような物を出す。
「ほら、お洋服の上からでいいからこれ被って…そうそう、それでこれを上から…よしっ、 完璧‼︎」
「完璧?」
「えぇ。」
防護服とは違う用途のために作られた製品。外側からの有害物質の侵入を遮断するのではなく、内側から発散されるのを防ぐための防護服だ。
さらにガスマスクを着けさせる。そしてフードを被せ、マスクにそってきゅっと紐を締めリボン結びに。
なんだか顔だけ不気味な雪だるまみたいになった。
しかしこれでもまだ不十分だ。シロは今度はエノラに背に乗るように促し、背負う。その上からまた薄いシート状のものを被る。
「動きづらくない?」
「動きづらいが走ったりは出来そうだ。」
「そう。じゃあ行きましょうか。」
これは人類相手の喧嘩売りだ。
ぶっ壊れた社会を、もっとぶっ壊してやる。