特別な生徒
読んで1人でも好きになれる人物が、そしてあわよくば嫌いになれる人物がいれば幸いです。
「…以上12名を本年度Sクラスとする。」
標的にされる12名だ。
「次に次席、芦屋聖。」
最も重圧を受ける少年。
「最後に、首席…」
鬼の率いる化け物クラスの誕生だ。
「名影零」
トラストルノ特別教育保護機関、通称PEPE。可愛らしい俗称とは裏腹に、通常教育と"戦闘教育"を行う、トラストルノ唯一の教育機関である。
校舎は東西南北に1校ずつの計4校。同じ機関の名は掲げてはいるが、それぞれに全く違った形態の教育を行っている。金銭の工面をしている代理戦争組織も違う。
教育機関であることは間違いないが、校風や教育内容があまりに違うため、実質はそれぞれのバックにいるカンパニーの傘下にあるようなものだ。
「トラストルノは20XX年に旧アジア、および一部ヨーロッパを含むユーラシア大陸全域を特定戦闘区域とし完成とされた。」
初等科の頃から何度となく聞いてきた、"我が永劫不滅の大地トラストルノ"の歴史だ。
「しかし、残された土地だけでは非戦闘員や準戦闘員の生活が成り立たなくなり、トラストルノの一部が解放、これがこの辺り一帯を含むD地区。いわゆる居住区です。」
世界で最も犯罪率の高い地区だ。
「その後、トラストルノには世界人口のおよそ3分の1が住まうこととなります。これにより"外部"の人々はトラストルノにてビジネスをする必要性に迫られ、C地区が作られました。これはいわゆるビジネス特区、になります。」
要はご都合主義で、散々トラストルノへ犯罪者やテロリスト、貧困層や被差別者達を追いやっておいて、いざ金になりそうだと分かった途端に内外の隔たりを無くそう、などという名目でC地区に流れ込んできたのだ。
「それ以外にはB地区とA地区があります。この2つの地区は飛び石状にあらゆるところにあります。B地区は軽戦闘区域、A地区は重戦闘区域です。また…」
正直、講義の始まり5分後あたりから、このクラスで真面目に授業を受けているのはシヨンと寿音くらいだろう。
Sクラスは東西南北にあるPEPEのそれぞれの校舎ごとに設けられた、上位クラスだ。様々な点において優れている上位20名までが在籍している。
ここ東校のSクラスは12名。主に旧アジア系の生徒が主体の少人数精鋭クラス。そして、過去に類を見ないほどの問題クラスである。
「暇だ。」
かくいう芦屋聖もそんな東校Sクラスの一員にして、首席につぐトップ2、"次席"だ。
かったるい。
正直、本当はA〜Fまでの普通のクラスに通ってしまいたかった。
普通クラスだって、戦闘教育などが無くなる訳ではないし、むしろ教室や寮の質を考えればSクラスは非常に恵まれているといえる
しかし、一歩敷地外に出れば"Sクラス"は足枷になる。
「みなさんは、このトラストルノの未来を担う最も大切な生徒です。みなさんには、沢山の人々の、未来がかかっています。」
大層な…。他人の未来なんて知ったこっちゃない。外側がどうかは知らないが、トラストルノにおいては他所は他所、うちはうち、が常だ。それを何が悲しくて"トラストルノの未来を担う若者"に分類されなくちゃならないんだ…。
トラストルノには上も下もない。国家も、階級も、人種も、宗教も、基本的には無し。個人で勝手に好きな人種なり宗教なりなんなりを名乗れば良し。
挙句に法律も無い。
そんなトラストルノが、それでも今日まで"トラストルノ"という1個体として存続してきたのには、当然裏がある。
「…えー、そうして君達は将来、管理者としてトラストルノを裏から支えていくわけですので…」
無政府・無国家とは体裁ばかりで、これほどの広大な土地と人を外側に漏れ出さないように管理している人間が僅かに存在している。
その管理機関が、SOUP。各4校のSクラス出身者は本人の意思と関係なく、全員がここに所属させられる。
問題はこの秘密機関の存在を、カンパニーの幹部連中も知っていることだ。
当然、トラストルノで幅を効かせられるようにと、あの手この手ですり寄ってきたり、或いは気に入らないやつは殺しにかかってくる。
4年前にも東校ウエストヤードの首席が惨殺遺体となって発見された。
同い年の名影零はその事件の後、突如Sクラスに配属され、首席となった。
「ねぇねぇ、聖くん。おーい。」
退屈を持て余していた芦屋の肩を、シャーペンの先がトントンとつついた。
「この話、暇だねー」
伏舞人は2つ年下の童顔華奢な少年。Sクラスには中等部から特等部の12歳から20歳までの成績上位者がいる。
全ての学年合わせた中の優秀者20名以内で構成されているわけだ。
「そんなことで話しかけてくんなよ…」
小声で言葉を返すと、伏は明らかに不服そうな顔をして、足で椅子をガンガン蹴ってくる。
見た目だけでなく、中身までガキみたいな奴だ。