第93章ー隔意
島田魁が土方歳三少佐から醸し出される隔意に気づいたのは、八代から人吉への侵攻が始まる直前頃のことだった。それから10日余りが経ち、人吉へ難戦しながらも近づきつつある今も土方少佐の隔意はあるままだった。隔意といっても、そう大したことではないかもしれない。土方少佐、いや土方副長と呼ぶ方が自分には呼び慣れている、が自分たちから離れて遠くへ行きたがっている、いや死にたがっている気がするのだった。だが、幕末から今まで生きてきた自分の勘が、これは気のせいではない、大したことではないという考えは誤りだという気にさせていた。そうしたことから、幕末以来の新選組の仲間である永倉新八や斎藤一らに自分の感覚を話すことを決めたのだった。
「やっぱり、島田もそう思ったか」斎藤の第一声がそれだった。
「自分もそう思ったが、自分の気のせいだと思いたかった。だが、島田もそう思っているのなら、気のせいではないな」永倉も異口同音だった。かといって、ことがことである、島田、永倉、斎藤の3人がまず集まって話し合うことにした。
「やはり、古屋佐久左衛門少佐や相馬主計らの死が引き金かな」永倉がまず言った。相馬主計は、元新選組の隊員で永倉たちと同様に西南戦争に海兵隊員に志願して参戦していたが、横平山の戦闘で奮戦の末に戦死していた。
「どういうことです」斎藤が聞き返した。
「つまり、戊辰戦争で近藤局長をはじめとして多くの知人を失ったろう。だが、戊辰戦争が終わって自分は生き延びた。他にも生き残っている面々がいると思って、自分も生きようと思った。だが、この戦争で多くの知人をまた失った。自分も死ぬべきではないか、と思い出したのではないか、ということさ」
「分かりたくない気もしますが、分かる気がしますね」島田がぽつんと言った。
「林忠崇大尉は薄々察しているのだろう。だから、第3海兵大隊を最前線に出すことを土方さんの要望にも関わらず、避けるようにしているのだ」永倉が更に言った。
「それで、どうしたらいいと思います」斎藤が言った。
「そうだなあ」永倉は考え込んだ。
「とりあえず、土方さんが最前線に立って、敵陣に飛び込んでいくというのは、この3人で押しとどめませんか」島田が言った。
「現実問題として、あの京で新選組として戦った時から10年余りが経ちます。土方さんの最前線での腕があの頃からは落ちているのは事実です。それは土方さんも自認しているでしょう。それを理由に土方さんが最前線に立つのを押しとどめませんか」
「それが自分たちのできる精いっぱいでしょうね」斎藤も言った。
「確かにな。何とか、土方さんを奥さんの琴さんのもとに帰してあげないと。子ども4人を抱えて、夫を亡くしては琴さんが気の毒だ」永倉が言った。
「それでは、その方向で皆で努力していきましょう」島田が言った。永倉や斎藤もうなずいた。だが、3人共内心では思っていた。土方さんが死にたがっているのを本当に止められるだろうか。