第8章ー土方
土方は、終わったな、と感慨にふけりつつ歩んだ。ブリュネ大尉も同じ思いをしているのだろうか。
先ほど、最後まで残っていた有力な幕府諸隊の1つである衝鋒隊がようやく降伏を決断したのだった。まだ抗戦している幕府諸隊がいるかもしれないが、少なくとも自分の把握している幕府諸隊は全て降伏を決断した。俺たち幕府諸隊、徳川家の元家臣を中核とする部隊の戦争は終わった。衝鋒隊のもとを辞去し、土方とブリュネは仙台に向かっていた。
伝習隊が降伏を決断した後、ブリュネ大尉は挨拶もそこそこに他の幕府諸隊にも降伏するように説得しなければ、と出立しようとしていた。それを引き留めたのが、大鳥だった。
「いきなり、あなた方が赴いても、知っている人がいなければ説得しようもないでしょう。それに、我々が降伏したという情報は、すぐに広まります。その情報が相手に入った段階で、相手を降伏するように説得した方が効果的です。誰か護衛も兼ねて伝習隊の者を同行させましょう。また、予め伝習隊から使者が行くことも連絡しておきましょう。その方がよいのではないでしょうか。それにしても、誰を同行させるのがよいかな」
「私でよければ、ブリュネ大尉に同行しますが」
「土方さん、いいのですか」
「私を斬ろうとするのは、そうそういますまい。大鳥さんには、伝習隊を取りまとめて降伏する大事な役目があります。私は、伝習隊全体から見れば部外者の身ですが、伝習隊の一員としてよく知られています。それに、降伏を言い出したのは、私です。私に同行させてください」
そのような経緯から、土方はブリュネ大尉に同行して、幕府諸隊を説得したのだった。それにしても、と土方は思った。衝鋒隊の古屋さんの説得には難儀したものだ。私達の話を聞いた後、1人考えさせてほしい、と言って退室した後、いきなり古屋さんのうめき声が聞こえてきた時には驚いたものだ。幕府の御家人として幕府に殉じたいとして腹を一人で切ったのだが、思ったより刺さっていなかったことや、古屋さんの弟の医師、高松凌雲がたまたま兄を頼って同行していたこともあって、一命を取り留めることに成功したのだった。古屋さんは農家の出身なのだから、幕府に殉じることはなかったものを。全く尾張藩といい、彦根藩といい、幕府に真っ先に殉じるべき藩が平然と幕府を見限ったことを考えるにつけても、古屋さんの態度は立派なものだ。血止めに成功して容体が落ち着いた古屋さんを繰り返して我々が説得したところ、古屋さんは降伏に同意し、衝鋒隊はようやく降伏してくれたのだった。
「土方さん、どうもいろいろありがとうございました。ようやく終わりました。私はフランス公使館にあらためて出頭して処分を受けようと思います。多分、フランスに帰国することになるでしょう」
「こちらも、いろいろお世話になりました。私は仙台に来た薩長軍の司令部に出頭します。多分、これから牢に入る身です」
「そう長くないことを願っています。いつか再会して、旧交を温めあいましょう」
「ブリュネ教官の処分が軽いことを私は願っています。本当にいつか再会しましょう」
ブリュネと土方は歩みながら語り合った。