第86章ー会戦の機運
海兵隊幹部の会合が終わった後、各自が部隊に戻ろうとしたが、林忠崇大尉はそっと土方歳三少佐に覚られないように身を隠し、あらためて滝川充太郎少佐と秘密裏に面談した。滝川少佐は林大尉の行為に戸惑ったが、面談自体は受け入れた。
「単刀直入に言わせてください。土方少佐は最前線に出さないでください」
「いきなり何を言い出すのだ」滝川少佐は内心では慌てたが、表面上は内心を押し隠して答えた。
「土方少佐は、心の奥底では死を追い求めておられます。古屋佐久左衛門少佐らの戦死がそれを更に後押ししてしまったようです。私としては、戦闘の過程で已む無く戦死するというのなら、それは受け入れますが、土方少佐が死を追い求め、その結果として亡くなられるのは避けたいと思うのです」
「しかし、どうしてそんな思いを土方少佐は」
「私の推測ですが、戊辰戦争で奮闘して、そこで死ぬつもりだったのに生き延びてしまったという思いがぬぐえないのではないでしょうか。私も実はその1人です。でも、屯田兵として今は生活し、妻子もいる土方少佐を積極的に死に追いやるようなことは避けたいのです。」
「確かに言われてみれば、私もそうだな」林大尉の推測を聞いて、滝川少佐も土方少佐の内心が分かる気がした。あの戊辰戦争は、仙台藩の降伏やブリュネ少佐の説得等もあって終結に至ったが、あの戦争で散ろうと思っていた者が生き残ったのも事実なのだ。そういう者にとって、この戦争はある意味で落とし前をつける絶好の機会なのかもしれない。
「分かった。できる限り、土方少佐を最前線に出さないようにする」
「ありがとうございます」林大尉は、滝川少佐の前を辞去した。
一大会戦を決意した西郷軍にとって、機会が巡ってくるのは意外と早かった。御船、健軍地域は一時的に背面軍等が制圧していたが、熊本城救援に部隊を集結させた結果、西郷軍が奪還に成功していた。合流に成功した政府軍はまずその奪回に全力を挙げ、それに西郷軍も対応して、兵力を展開した。ここに熊本城東において大会戦の機運が高まることになった。
「海兵隊をできる限り、一括して運用していただけないでしょうか。補給等もその方が楽になりますし」滝川少佐は山県有朋参軍等に訴えた。
「確かにそうだな。それで、海兵隊が一括して赴きたいところはあるか」山県参軍は尋ねた。
「あえて言えば土地勘のある御船ですが、参軍の判断に従います」
「それなら健軍に行ってもらおう。御船ともそう離れていないし、西郷軍との会戦に際しては、戦線の中央を扼する要衝になる。海兵隊はこれまでの戦いで精鋭ぶりを示している。健軍を奪還することで、それをさらに示してくれ」
「分かりました」滝川少佐は山県参軍の命令を受けた。熊本城近郊にいる海兵隊は健軍奪還に全力を投じることになった。