第84章ー新兵器
「田原坂を突破したらすぐにでも熊本城にたどり着けると思っていたのですが、うまくいきませんね」林忠崇大尉は土方歳三少佐に話しかけた。第14連隊を救出して一夜が明けた4月10日のことだった。
「確かに田原坂は要衝だが、そこを突破したらすぐに熊本城にたどり着けるわけではないさ。実際、フランスでそのあたりの事は軍事史学で学んでいないのか。学んでいそうに思うのだが」
「一応、学びました。でも、実際問題として要衝を突破したら、すぐにでも重要な拠点にたどり着けそうに思うではないですか」
「林大尉はまだまだ若いな」土方少佐は笑った。
「私はまだ30歳前ですよ」思わず憮然として林大尉は答えた。
「悪かった。だが、古今の名将は若くして優秀なのを示しているではないか。本多忠勝も長篠の戦に至ってもまだ30歳に達していなかったと思うが」
「本多忠勝を持ち出すのは止めてください」
「まだ戦場では無傷だろう。本多忠勝を見習っても悪くはないだろう」土方少佐はまた笑った。
実際問題として、田原坂を突破して熊本城救援を目指していた政府軍は第1旅団長の野津鎮雄が戦死した影響もあったのか、半月以上にわたって西郷軍の防衛線を突破できずにいた。4月9日に第14連隊が苦戦を強いられて海兵隊の救援を急きょ仰ぐようなことも起こっている。こうなると新兵器に戦局打開を求める心境も起こってくる。実際問題として、新兵器は戦場では初期故障が起こったこと等により、むしろ逆効果になることもあるのだが、苦戦を凌げるのなら、ということでそれをたのむ心境になるのもまた無理のないことだった。
「風船砲弾弾薬?」林大尉は思わず新聞記者の犬養毅に聞き返した。
「ええ、海軍が保有している風船砲弾弾薬を戦局打開のために至急、陸軍が取り寄せようとしていると聞きこんだのですが、ご存じないですか。どんなものか気になりまして」取材に来た犬養は尋ねた。
「初耳だ。あっ、これは聞かなかったことにしてくれ」
「分かっています」犬養は微笑んだ。
「その代り、それなりの話を聞かせてください」
「分かった、分かった」林大尉も苦笑いしながら答えた。
林大尉は早速、調査を開始した。風船、いや気球を熊本城救援に活用しようと試みていることは分かったが、それよりも熊本城救援の方が早そうだった。
「苦しいときの新兵器頼みといったところか」林大尉はそう判断した。
結局、新兵器が届く前に、熊本城救援は背面軍によって果たされた。4月15日、何度目になるか分からない西郷軍の陣地攻撃準備をしているところに、西郷軍の陣地から午後1時を期していきなり黒煙が上がった。何事か、と取るものも取りあえず政府軍が前進してみると、西郷軍の陣地はもぬけの殻になっていた。
「おそらく、背面軍の熊本城救援が成功したな。速やかに熊本城に向かえ」山県有朋参軍が命令を下した。田原坂方面を突破した政府軍は急進し、背面軍と熊本城で合流した。ここに完全に熊本城の救援はなったのである。




