第7章ー人見
本当は幕府諸隊それぞれについて描くべきかもしれませんが、同じような描写の繰り返しになりそうなので、遊撃隊のみの描写で省略します。他の幕府諸隊も、似たようなやり取りの末にほぼ全部が降伏を決断しました。
人見勝太郎は目の前の若い男の熱弁に耳を傾けていた。
「伝習隊が昨日、降伏を決断したという噂を聞きました。徳川家の存続が保障され、徳川家の家臣の生活のすべもある程度は確保されたとのことです。私はもう降伏する時が来たと思います。人見さん、降伏しましょう」
若いな、それにいい男だ。この男は将来、若年寄どころか、老中さえ務まるとまで評価されていたな。脱藩した際には、家臣の多くがともに従い、領民は皆、涙を流して送り出していた。これほどの男を死なせるわけにはいかんな、と人見は思った。
目の前の男が、一息入れたのを機にして、人見は言った。
「明日、伝習隊から人が来ることになっている。そのうえで判断を下そう」
「分かりました。よろしくお願いします」
目の前の男、林忠崇は一礼して人見のもとを去った。
翌日、伝習隊から来た男たちを見て、人見は目を疑った。フランス人数名と土方歳三がその中にいたのだ。
「土方さん、なぜ、ここに来られた」
「フランス人、ブリュネ大尉の護衛のためですよ。降伏を勧める使者を斬れ、と叫ぶ人が出るかもしれませんから。でも、この雰囲気では遊撃隊にその心配はなさそうですね」
土方は迷いが晴れた明朗な顔をしていた。その顔を見て、人見はあらためて伝習隊が降伏したのは事実だと痛感した。実際問題として、遊撃隊の多くの隊員は林忠崇の主張を受け入れて降伏することをほぼ決断している。人見が今日まで決断を延ばしたのは、伝習隊から人が来るという連絡を受けたことから、伝習隊からの連絡を待ったうえで、最終決断を下そうとしたからにすぎない。
ブリュネ大尉は、懐から書簡を取り出した。通訳によると、知人である榎本から人見への個人的書簡らしい。人見は封を切って、ざっと目を通した。榎本からの降伏を勧める真情を込めた手紙だった。すでに決断していたはずなのに、目頭が熱くなる。
人見は林たち遊撃隊の幹部を集めた。伝習隊から来た使者が、ブリュネ大尉と土方歳三であることに多くの者が驚いていた。ブリュネ大尉が徳川家の現状と徳川家の家臣の処遇、更に(交渉中なので絶対とは言えないが)降伏後の幕府諸隊に所属した者への処分について語れる限り語ったうえで、伝習隊は降伏を決断したこと、どうか皆も降伏してほしいことを、とつとつと語った。土方も伝習隊が降伏したことを認め、皆に対して降伏を勧めた。遊撃隊の幹部の一部からは、すすり泣きの声が上がった。人見は言った。
「皆、いろいろ思うところはあるだろう。ここに遊撃隊は、薩長に対する降伏を決断したい。皆、従ってほしい」
異論の声は挙がらなかった。遊撃隊の降伏が決まった。