第78章ー突出
「突撃」奥保鞏少佐は突囲隊に指名された部下の第13連隊第1大隊に対して号令をかけた。
奥少佐率いる第1大隊は他の籠城している部隊の支援を受けつつ、4月8日黎明、突撃を開始した。攻囲していた西郷軍は不意を突かれ、一時的に混乱した。これなら何とか突破できるな、と奥少佐が気を緩めた瞬間、頬に火箸を当てられたような感覚が走った。左手で頬を抑えると被弾していて、そこから出血している。左手で出血を迎えつつ、奥少佐は右手で第1大隊の指揮を執り、西郷軍を突破していった。その勢いのまま、その日のうちに第1大隊は背面軍の陣地にたどり着くことに成功した。奥少佐は傷の手当てを受ける時間を惜しみ、黒田参軍に熊本城の現状を報告した後で、傷の手当てを受けた。
一方、突囲隊を支援する部隊の一部には別の任務があった。それは熊本城近くの住民の家から食料を運び込むという任務である。ただ、問題があった。大抵、戦闘を怖れて住民がいなくなっているのだ。住民が残していった食料を無断で熊本城内に運び込むことになる。
「これって略奪って言いませんか」
「ちゃんと後で支払うのだから、略奪にはならない」
「そういうものなのですか」そんな問答が一部で交わされた。しかし、やはり後で問題になった。後で帰宅した住民が申告した量と支援隊が運び込んだ量が一致しなかったのだ。結局、食い違った量は西郷軍が持ち去ったということで支払いはなく、その結果、充分な代価を受け取れなかった一部の住民から籠城軍は恨まれることになった。
滝川充太郎少佐は、第2海兵大隊が御船を占領した後、永山弥一郎を手厚く葬るように御船の住民にお金を渡して依頼した。そして、御船の警備を後続の別働第1旅団の一部に任せた後、川尻攻防戦に参加するために急行した。4月13日に川尻攻防戦に第2海兵大隊は増援として参加したが、その横では熊本城から突出してきた奥少佐が率いる第13連隊第1大隊が共に戦うことになった。
「奥少佐、ご無事だったのですか」滝川は奥を見つけて声をかけた。滝川と奥は台湾出兵の際、共に戦った仲である。滝川は台湾出兵の際に、現地で海兵隊と陸軍の交渉の窓口となったこともあり、滝川は陸軍の間に知己を増やしていた。特に滝川と奥は年齢も近く、また、滝川は旧幕臣、奥は譜代大名の小笠原家の元家臣といったこともあり、陸軍と海兵隊の立場の違いもあるし、戊辰戦争の敵味方といった因縁もあるものの、お互いに親近感を覚える仲となっていた。
「ご無事と言われると皮肉に聞こえるな」奥は頬に出血を迎えるための布を張り付けた顔で答えた。
「銃創のおかげで声も出しづらく、ひどく痛む。だが、指揮を執るには問題ない」
「本当に気丈ですな」
「知っていると思うが、台湾で共に戦った谷干城や樺山資紀が熊本鎮台司令官と参謀長だ。少しでも早く救援してほしい」
「分かりました。できる限り、奮闘します」滝川は奥に答えた。