第6章ー土方
念のために書きますが、前章と一部重なった描写になっています。
土方は、部屋に入ってきたブリュネ大尉にいきなり名指しで呼ばれて驚愕した。内心の動揺を押し隠しつつ、ブリュネ大尉が差し出した封筒を受け取り、取るものも取りあえず封筒に入っていた書簡に目を通すことにした。書簡の内容は次のようなものだった。
「土方殿、いきなりこのような不躾な書簡を差し上げることをお許し願いたい。私、榎本武揚は、新選組の近藤勇局長の遺言を託されたという人から相談を受けたことから、この書簡を書くことにした。その人は、薩長に投降した近藤局長と共に一時同じ建物、牢の中にいて、その際に近藤局長から遺言を託されたとのことだ。何とか土方殿達に伝える方法はないか、とその人から私は相談を受けたことから、この書簡を私は認めることにした。
近藤局長の薩長への投降、流山での時点では、近藤局長はあくまでも事情を説明するための出頭だと土方殿たちには言っていて、土方殿たちは最後まで反対していたと私は聞いている。その際に既に聞いている話かもしれないが、生きるのと死ぬのとでは死ぬ方がたやすい。土方達には難しい方を押しつけてしまい、申し訳ないと伝えてくれ、と近藤局長は言っていたとのことだ。新選組や甲陽鎮撫隊の行動についての全責任は私が負って死ぬ、土方達には、生きて新選組や甲陽鎮撫隊の真実を伝えると共にその精神を受け継いでほしい、とも言っていたとのことだった。近藤局長の遺言は真率の想いから発せられたものだと私も思う。どうか、近藤局長の遺言に従って、投降の道を選択してもらえないだろうか」
土方は、流山での別れの数日前に近藤局長と交わした会話を思い起こした。近藤局長は言っていた。
「トシ、生きるのと死ぬのとどっちがたやすいと思う」
「生きる方がたやすいのではないですか」
「トシはそう思うのか。死ぬのはいつでも死ねる。辛い目に遭おうとも生きる方が死ぬより難しいと思うぞ」
近藤局長はこのことを言っていたのか。近藤局長の遺言に背いてまで死ぬ決断は自分にはできない。自分が投降する以上、皆も投降させるべきだろう。いつの間にか浮かんでいた涙を拭いて、土方は立ち上がった。
「皆、よく聞いてくれ。全員降伏しよう」
「いきなり何を言い出す、土方」
「土方さん、あなたは最後まで戦うと言い張ると思っていたが、どうして」
周囲から騒然として声が上がった。土方は身振りでその声を制して、あらためて周囲の者を説いた。
「仙台藩が降伏の道を選択するのはほぼ間違いない。そうなると奥羽越列藩同盟は最早、完全に崩壊するだろう。足場がなくなった我々には、死ぬか、投降するかの2つの道しかない。死ぬのはいつでも死ねる。投降して、我々の正義を訴えて後世に伝えようではないか。ブリュネ教官が言う通りなら、我々には苦しい牢生活が待っているだろう。しかし、釈放された後、周囲に我々の正義を訴えることはできる。仮に騙されて死罪になったとしても、死ぬことには変わりはないし、裁きの場で我々の正義を訴えることはできるではないか。皆、降伏しよう」
またも周囲は騒然としたが、それは土方に対する非難よりも現状を改めて認識した者が発する泣き声からだった。ブリュネや大鳥も涙を浮かべていた。大鳥が発言した。
「土方さんがいうとおりだと思う。伝習隊はここに薩長に対する降伏を決断したい。皆、賛同してもらえないか」
「異議なし」と泣きながら、一部の者が発言した。反対の声は挙がらない。
「では、伝習隊は薩長に降伏することにする。薩長への降伏の使者を立てることにする」大鳥は涙を浮かべながら、発言した。伝習隊の降伏が決まった瞬間だった。