第67章ー横平山の攻防
「新選組に横平山を奪われただと」桐野は思わず叫んだ。
「はい、夜襲を掛けてきて、包囲された結果、守備隊の半数以上を失って支えきれなくなり、陣地を放棄したとのことです」部下が報告した。
「まずいぞ、何としても奪還する」桐野は自らが直卒する4番大隊の全力を持って横平山奪還に取り掛かることにした。
一方、新選組こと第3海兵大隊は横平山を当初の計画では攻撃の拠点とすることにしていたのを、計画を変更して急きょ、防御拠点として死守の構えを取ることにした。まず第1に夜襲には最終的には成功したものの、例えば、抜刀隊第1小隊が完全に再編成の必要に迫られる等、こちらの損害も大きかったこと、第2に明らかに西郷軍が横平山奪還を策して攻撃に向かう気配が感じられたことである。土方歳三少佐は古屋佐久左衛門少佐に要請して砲兵中隊を増援として譲り受けて防御力を高めるとともに野戦陣地を至急、作らせた。
「向かってくる西郷軍の兵力はここを守っている海兵隊の3倍近いですな」夜襲明けに4時間ほど仮眠をとって起きてきた林忠崇大尉は横平山奪還に向かってくる西郷軍の数をそう目算していた。
「大丈夫か、もう少し寝ていてもいいぞ」土方少佐の方が心配して声をかけたが、林大尉は謝絶した。
「いや、いろいろと寝れる気分になれないもので。ほんとうにいろいろとありまして」
「分かった。何かあったら私に話せ。分かったな」
「はい。陣地整備の督励に掛かります」林大尉はフランス士官学校直伝の陣地整備を各部隊に指示した。
夜襲による混乱を嫌ったのだろう、16日の朝から西郷軍の反撃は始まった。
「撃ち方始め」砲兵中隊長の号令がかかり、横平山陣地からの砲撃が西郷軍に加えられる。
「できる限り引きつけろ、よほどの豪雨にならない限り、この陣地には屋根があるから射撃不能にはならん。落ち着いて射撃しろ」陣地を守る第3海兵大隊所属の小隊長が部下に声をかける。
西郷軍の突撃に伴う叫び声が聞こえ、その叫び声が海兵隊の射撃音と砲声でかき消される。陣地と砲撃の効果が3倍近い西郷軍の攻勢を凌がせていた。
「何としても横平山を奪還しろ」桐野が西郷軍を督励した。桐野の目には、横平山の頂近くに翻る誠の1字旗が入っている。
「あの旗を何としても奪え」桐野が絶叫した。その絶叫に応え、西郷軍の攻勢はますます強まった。
「ここまで西郷軍が熱くなってくれるとは思いませんでしたな。旗の効果は絶大のようで」林大尉は土方少佐に語りかけた。
「煽り過ぎたかな。西郷軍がここに攻撃をかけてくれるなら、できる限り引きつけようと考えただけなのだが」土方少佐は塹壕に共に籠りながら林大尉に応えた。
「その分、田原坂正面の西郷軍は手薄になる。陸軍がこれを生かしてくれればいいが」




