第66章ー血風、横平山
闇の中を奇襲効果を重視して、新選組こと第3海兵大隊は三部隊に分かれて、横平山の頂を目指した。全く、と中央隊の先鋒を進む抜刀隊隊長の林忠崇大尉は歩みながら考えた。作戦を凝り過ぎているのではないか。抜刀隊の編制が急に行われた結果、部隊の錬成が精いっぱいな有様だった。だから、横平山奪取の作戦立案は結果的に陸軍に任せる羽目になった。新選組が田原坂の前面にたどり着いてから、それなりの時間は経っているが、現地の地理については不案内極まりない有様である(それに加え、まともな地図が無く大雑把な絵図面で作戦計画を指示された。)。こんな状況なのに夜襲を掛ければいい、という山県参軍の発想は、林大尉に至極上品に言わせれば、米が無ければ犬を食えばいい、と言った江戸町奉行レベルの発想だった。
実際、山頂近くの西郷軍陣地の近くに林大尉がたどり着いた時には、後続のはずの抜刀隊の半分がはぐれており、林大尉直卒の第1小隊しかいない有様だった。更に左右からほぼ同時に攻撃を掛けるはずの右翼隊、左翼隊の気配もない。だが、じっと待つ間を西郷軍は与えてくれなかった。西郷軍の歩哨が自分たちの気配に気づき、誰何を始めたのだ。いきなり、銃撃をしなかったのは、田原坂正面で西郷軍の夜襲が行われており、その夜襲部隊が道に迷って横平山に来たかと誤解したからだろう。しかし、最早、猶予はできない。林大尉は無言で刀を抜くと後続の部下49名に対し、身振りで突撃を指示した。
「敵襲だ」西郷軍の歩哨が叫ぶ。林大尉は一刀のもと、その歩哨を斬り伏せた。その叫び声を聞いて、西郷軍が続々と起きだして、応戦してくる。ざっと林大尉が見たところ、その数は200名余り、更に麓の西郷軍も山頂の守備隊のために駆け付けようとする気配がしだした。
「ままよ、ここで斬り死にして山県参軍に無言の抗議をしてやる」林大尉は叫んだ。夜襲の利が多少あるとはいえ、4対1の劣勢で勝てるとは思えない、更に西郷軍には援軍が駆け付けようとしているのだ。林大尉は、絶望的な決意を固めて、刀を振るった。断じて行えば鬼神も之を避けるという。林大尉の奮戦は部下の奮闘を促した。各所でどちらの兵かは分からない悲鳴が上がり、剣戟の音も各所で上がる。林大尉も手持ちの刀がぼろぼろになりかけたので捨て、倒れていた西郷軍の兵の刀を逆用し、更に西郷軍を斬り回った。3本いや4本目の刀を林大尉が手にした時だった。
「遅れてすみません。左翼隊、加勢します」斎藤一が先頭に立って大声を上げて、左翼隊が駆け付けてきた、更に右翼隊が、遅れていた中央隊の残部がようやく山頂の攻撃に参加する。闇の中を三方から包囲されたと誤解したのだろう、山頂の西郷軍は徐々に退却していき、横平山は第3海兵大隊が占領するところになった。
林大尉の率いた抜刀隊第1小隊の被害は甚大だった。49名の部下のうち12名が戦死、36名が負傷し、無傷で済んだのは1名だけだった。にもかかわらず、林大尉は奇跡的に無傷だった。一方、西郷軍の被害も大きく、死者や重傷を負って退却できず捕虜になる者などが出て、結果的に100名近くがこの日の横平山の戦いで失われた。




