第60章ー薬莢
大鳥圭介はあらためて報告を確認した。
「シャスポー銃の輸入薬莢による不発率はおおざっぱに言って4発に1発か。ざっと言って、4発撃ったら全員が排莢しないといけなくなり、その間は射撃不能ということになる。しかもスナイドル銃と違って強制排莢機構がシャスポー銃にはないからな、その点でも問題が大きい。原因は何か」
「結局のところ、ここまでシャスポー銃の紙製薬莢を海上で輸送しなければならないというのが最大の問題です。もちろん、保管庫で保管している間に湿気てしまっている可能性も否定できません。フランス本国のフランス軍の保管庫ならともかくとして、民間の保管庫がそこまで厳重な湿気対策を講じているとも思えません。できる限り信頼できる業者に依頼して、シャスポー銃の紙製薬莢を輸入していますが、海上で運ぶ間はどうしても湿気の多い海の上です。シャスポー銃の紙製薬莢が湿気るのはある程度はやむを得ないかと考えます」
「国産品はまだしも輸入品は問題が多く、更に大きくなるということか。確かに横須賀からここ長崎まで運ぶだけならともかくコーチシナ等から長崎まで運ぶとなると海上の時間が長くなる」
「そのとおりです」兵站担当の士官が答えた。
「どんな対策が考えられる」
「まずは、輸入品を風通しの良い湿気の少ないところで保管し、乾燥させます。そのうえで前線に運びます。後、前線でも薬莢を少しでも濡らさないように乾燥させるように努めます。後は雨が降らないことを祈ることです。」
「最後は冗談でいいか」
「はい、しかし、雨が降ったら大問題なのは事実です」
「面白くもない冗談だが許してやる。実際、雨が降ったら、射撃不能の銃が続発するぞ。何とかできればいいが」大鳥は天井を見上げた。
一方、既に前線にいる古屋佐久左衛門の方は、大鳥からの極秘電文の一報を見ると、にこやかな笑みを浮かべた。周囲の者が不思議に思っていると、古屋は伝習隊の士官全員を呼び集めるように命じ、士官全員が集まると、大鳥の電文内容を告げ始めた。
「我々の用いているシャスポー銃は、湿気ると射撃できなくなるとの連絡が入った。士官全員は部下にそのことを周知徹底し、湿気対策を講じるように」
「分かりました。それにしても大問題ですね」士官の1人が発言すると、古屋は心底から不思議そうな顔をした。
「何が大問題なんだ」
「湿気ると銃が撃てなくなるんですよ。大問題ではないですか」
「相手も同じだ。互角になっただけだ」
士官の多くがお互いの顔を見合わせた。古屋はあらためて言った。
「いいか、西郷軍の使っている銃の多くはエンフィールド銃で雨が降ると撃てなくなる。お互い雨が降ると銃が撃てないだけだ。心配することは無い。それとも白兵戦では相手に勝てないか」
「そんなことはありません。分かりました」士官達は古屋の前を退出し、部下の元に戻った。それを見届けると古屋はつぶやいた。
「敵をだますには、まず味方から。少なくとも我々は元士族が多いから白兵戦ではそう西郷軍に引けを取ることは無い。しかし、つらい状況になったな」