第5章ーブリュネ
冒頭近辺で、ブリュネの科白が一部カタカナになっているのは、片言の日本語をしゃべったからです。それ以外は通訳を交えてブリュネ達フランス人と伝習隊の幹部は話しています。
ブリュネ達が部屋に入るとそこには10名余りの男が集まっていた。この中に土方さんがいることは間違いない。
「ヒジカタサン、オラレマスカ。チョクセツ、ワタスモノガアリマス」
1人の男が立ちあがってブリュネの傍に来た。ブリュネは榎本から託された封筒の1つをその男に渡した。その男は、元のところに戻ると、その封筒を開けて中身を読みだした。それがきっかけになったのか、部屋にいた男たちが口々に質問しだした。
「徳川家はどうなった」
「慶喜公は家督を家達公に譲られて、駿府で謹慎中とのことです。駿河等70万石が徳川家の領土として認められました。それでは多くの徳川家の元家臣が路頭に迷うので、蝦夷地開拓に際して、非常時に北辺の国防に当たることを条件に徳川家の元家臣が優先的な取り扱いを受けることが出来ることになったとのことです」
「榎本はどうして来ない」
「榎本さんは、江戸に残って、徳川家の元家臣たちの生活を保護しようと奔走されています。榎本さんも本当はあなた方と行動を共にしたかったそうですが、慶喜公の命が惜しければ、開陽と甲鉄を引き渡せと脅迫され、その2艦を引き渡しては最早、幕府海軍の戦力では薩長海軍にとても勝てないということで抗戦を断念して降伏、徳川家の元家臣の生活保障に奔走することを決断されました」
「薩長の卑怯者め、慶喜公の命を盾に取るとは」
「榎本さんは、徳川家の有為な多くの人材をこれ以上失いたくないとのことで、薩長の幹部と懸命に話をされていて、これには勝さんたちも賛同して協力されています。今なら、まだ全員、助命されるとのことです。さすがにすぐに家に全員還れるというのは無理とのことですが、幹部以外の兵士は武装解除のうえで帰宅することを認め、幹部については数年の入牢というところで薩長の幹部と話が出来つつあります。牢生活はつらいと思いますが、どうかこの条件で投降していただけませんか。もし、信用できないというのなら神速丸で行けるところまでお連れします」
「しかし、ここまできて投降するというのは」等々の声が上がった。
その時、1人の男が立ちあがった。ブリュネから封筒を受け取った男、土方だった。封筒の中の書簡を読み終えたのか、片方の手に書簡を握っていた。内心の激情に耐えかねたのか、書簡はぐちゃぐちゃになって握られている。よく見ると目元に涙を浮かべていた。
「皆、よく聞いてくれ。全員降伏しよう」