第55章ー烽火
大鳥圭介旅団長が発言した。
「現在、我々が把握している戦況は以上だ。これに対する反撃計画だが、事前に検討していた海兵旅団を鹿児島に上陸させて、相手の根拠地を叩くという作戦については、川村純義海軍大輔を通じて、山県有朋陸軍卿から不許可という指示が出た。実際問題として、輸送船も足りないし、熊本鎮台が陥落した場合に与える影響を考えると速やかに熊本鎮台を救援する必要がある。従って、我が海兵旅団は熊本鎮台に対する救援計画に投入されることになる」
古屋佐久左衛門が発言した。
「全部隊が揃うのを待つ間は無いということか」
「そうだ。大隊全体の訓練を行えないのは残念だが、中隊単位での訓練は十分に積んでいるので、それで何とかしてもらうしかない。明日、第1大隊には出発してもらう」
「大隊長としては、せめて1日でもいいから大隊全体の訓練をしたいが」
「行軍訓練は長崎から現地へ赴く途中で行い、それ以外の訓練は現地で行え。私も無理を言っているのは分かっているが、山県陸軍卿、いや征討参軍というべきかなからは、一刻も早く熊本救援に向かうように厳命が下った」
「あの戦下手が」古屋が言った。古屋と山県は戊辰戦争時の越後口で直接戦ったことはないが、山県の戦いぶりを見聞しており、はっきりいって軍政面ではともかく実戦指揮の腕に関しては、古屋は山県を評価していない。そのことが口ぶりに表れている。
「気持ちは分かるが、態度を陸軍に示さないでくれよ」
「分かっている」
「なお、第1大隊は伝習隊、第2大隊は衝鋒隊、第3大隊は新選組、第4大隊は遊撃隊と呼称する」
「どういうことだ」本多幸七郎が口をはさんだ。土方歳三も首をかしげた。
「西郷軍を釣るためだ」
「釣るだと。何となくわかるが」土方が発言した。
「熊本鎮台に対する圧力を軽減するのに一番効果的なのは、救援軍に西郷軍を引きつけることだ。救援軍の中に旧幕府諸隊がいると幻影を抱かせる。西郷軍はどう考えると思う」
「かつての賊軍が官軍になり、自らが賊軍になった」
「感情的に許せると思うか」
「思えんが、引っかかってくれるかな」土方は首をひねった。
「やれることは何でもやれ、と山県征討参軍が電文を送ってきたので、こういうのはどうでしょうと返電したら、海兵隊がやりたいならやれと返電してきた」
「ひどい嫌がらせをしたものですな」北白川宮殿下が言った。
「きっと山県征討参軍は顔をしかめて返電させたと思いますよ」林忠崇も言った。
「それなら第2大隊を古屋少佐が率いた方がより効果的かな」滝川充太郎まで言い出した。
「そこまで凝らなくてもいいだろう。実際にかつての旧幕府諸隊の幹部が率いているんだ。それに第1大隊を譲ったら、先陣の誉れを逃すことになる」古屋が苦笑いをしながら言った。その笑顔を見て他の者にも笑みが広がった。
「ともかく各大隊が揃い次第、大隊ごとに熊本救援に出発する予定だが、第3大隊は志願兵中隊を含むだけに揃うのに手間がかかる。中隊ごとの訓練も必要だろうしな。林副大隊長はどう考えている」
「大鳥旅団長と土方大隊長の判断に最終的には委ねますが、実戦経験豊富な志願兵が揃っています。3月6日には出発できると考えます」林は返答した。土方は内心で、そこまでの兵が集まっているとはと驚いた。
「では、明日、第1大隊が、3月6日に第2大隊、第3大隊が熊本救援に出発する。第4大隊は予備兵力兼佐賀、長崎警備のために長崎に残置する。砲兵中隊は第1大隊に随行する。現在の計画は以上だ。何か質問等はあるか」
「ないな」「それでいい」皆は口々に答えた。
「では、これで会議を終わる」大鳥が発言し、会議は終了した。